陰徳陽報御書
執筆年:弘安二年
真筆あり
いよいよかない候べし。いかにわるくとも、きかぬやうにてをはすべし。この事をみ候に申すやうだにもふれまわせ給ふならば、なをなをも所領もかさなり、人のをぼへもいできたり候べしとをぼへ候。さきざき申し候しやうに、陰徳あれば陽報ありと申して、皆人は主にうたへ、主もいかんぞをぼせしかども、わどのゝ正直の心に主の後生をたすけたてまつらむとをもう心がうじやうにして、すねん(数年)をすぐれば、かゝるりしやうにもあづかれせ給ふぞかし。此は物のはしなり。大果報は又来るべしとをぼしめせ。又此法門の一行いかなる本意なき事ありとも、みずきかず、いわずしてむつばせ給へ。大人にいのりなしまいらせ候べし。上に申す事は私の事にあらず。外典三千、内典五千の肝心の心をぬきてかきて候。あなかしこ、あなかしこ。恐々謹言。
卯月二十三日 日 蓮 花押
御返事