筵三枚御書

執筆年:弘安五年
真筆あり
 筵三枚・生死和布一篭給了んぬ。  抑そも三月一日より四日にいたるまでの御あそびに、心なぐさみてやせやまいもなをり、虎とるばかりをぼへ候上、此の御わかめ給ひて師子にのりぬべくをぼへ候。さては財はところにより、人によて、かわりて候。此の身延山には石は多けれども餅なし。こけ(苔)は多けれどもうちしく物候はず。木の皮をはいでしき物とす。むしろ(筵)いかでか財とならざるべき。億耳居士と申せし長者は足のうらにけ(毛)のをい(生)て候ひし者なり。ありき(歩行)のところ、いへの内は申すにをよばず、わたを四寸しきてふみし人なり。これはいかなる事ぞと申せば、先世にたうとき僧にくまのかわ(熊皮)をしかせしゆへとみへて候。いわうや日本国は月氏より十万より(余里)をへだてゝ候辺国なる上、へびす(夷)の島、因果のことわりも弁へまじき上、末法になり候ひぬ。仏法をば信ずるやうにてそしる国なり。しかるに法華経の御ゆへに名をたゝせ給ふ上、御むしろを法華経にまいらせ給ひ候ひぬれば、