立正観抄送状

執筆年:文永十二
立正観鈔送状(門弟第十七書)(原文漢文)      文永十二年二月。五十四歳作。与最蓮房日浄書。      内三八ノ一五。遺一七ノ四。縮一〇八四。類一六〇二 今度の御使、誠に御志の程顕れ候ひ畢んぬ。又種種の御志慥かに給候ひ畢んぬ。抑も承はり候当世の天台宗等、止観は法華経に勝れ、禅宗は止観に勝る、又観心の大教興る時は、本迹の大教を捨つと云ふ事、先づ天台一宗に於て流流各別なりと雖も、恵心檀那の両流を出でず候なり。恵心流の義に云く「止観の一部は本、迹二門に亙るなり。謂く、止観の六に云く「観は仏知と名け、止は仏見と名く、念念の中に於て止観現前す。乃至三乗の近執を除く」文。弘決の五に云く「十法既に是れ法華の所乗なり、是の故に還つて法華の文を用て歎ず。若し迹説に約せば、即ち大通智勝仏の時を指して以て積劫と為し、寂滅道場を以て妙悟と為す。若し本門に約せば、我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し、本成仏の時を以て妙悟と為す。本、迹二門只是れ此の十法を求悟するなり」文。始めの一文は本門に限ると見えたり、次の文は正しく本、迹に亙ると見えたり。止観は本、迹に亙ると云ふ事、文証此に依るなりと云へり。次に檀那流には止観は迹門に限ると云ふ証拠は、弘決の三に云く「還つて教味を借つて以て円妙を顕す、○故に知んぬ一部の文共に円成開権の妙観を成ずることを」文。此文に依らば止観は法華の迹門に限ると云ふ事、文に在つて分明なり。両流の異義替れども本、迹を出でず。当世の天台宗何くより相承して、止観は法華経に勝ると云ふや。但し予が所存は止観、法華の勝劣は天地雲泥なり。若し与へて之を論ぜは、止観は法華迹門の分斉に似たり。其故は天台大師の己証とは十徳の中の第一は自解仏乗、第九は玄悟法華円意なり。霊応伝の第四に云く「法華の行を受けて二七日境界す」文。止観の一に云く「此の止観は天台智者己心中所行の法門を説く」文。弘決の五に云く「故に止観に至つて、正しく観法を明す。並に三千を以て指南と為す。故に序の中に云く、説己心中所行法」文。己心所行の法とは一念三千、一心三観なり。三観、三諦の名義は瓔珞、仁王の二経に有りと雖も、一心三観、一念三千等の己心所行の法門をば、迹門十如実相の文を依文として釈成し給ひ畢んぬ。爰に知んぬ止観一部は迹門の文斉に似たりと云ふ事を、若し奪つて之を論ぜば爾前権大乗は即ち別教の分斉なり。其故は天台己証の止観とは道場所得の妙悟なり。所謂天台大師大蘇の普賢道場に於て三昧開発し証を以て師に白す。師の曰く、法華の前方便陀羅尼なりと。霊応伝の第四に云く「智?師に代つて金字経を講ず、一心具足万行の処に至つて?疑ひ有り。思、為に釈して曰く、汝が疑ふ所は此れ乃ち大品次第の意なるのみ、未だ是れ法華円頓の旨にあらず」文。講ずる所の経既に権大乗経なり、又次第と云へり、故に別教なり。開発せし陀羅尼又法華の前方便と云へり。故に知んぬ爾前帯権の経、別教の分斉なりと云ふ事を。己証既に前方便の陀羅尼なり、止観とは説己心中所行法門と云ふが故に、明かに知んぬ法華の迹門に及ばずと云ふ事を。何に況や本門をや。若し此意を得ば檀那流の義尤も吉なり。此等の趣きを以て、止観は法華に勝ると申す邪義をば問答有るべく候か。委細の旨は別に一巻書き進らせ候なり。又日蓮相承の法門血脈慥かに之を註し奉る。恐恐謹言。   文永十二乙亥二月二十八日           日蓮花押  最蓮房御返事 (啓三六ノ二〇。鈔二五ノ四九。語五ノ二七。拾八ノ一九。扶一五ノ二四。)#0169-300 四条金吾殿御返事(此経難持)文永十二(1275.03・06) 四条金吾殿御返事(四条第九書)(此経難持)      文永十二年三月。五十四歳作       受二ノ一九。遺一七ノ一三。縮一〇九四。類七〇七。 此経難持事。抑も弁阿闍梨が申し候は、貴辺のかたらせ(語)給ふ様に持らん者は、現世安穏後生善処と承りてすでに去年より今日まで、かたの如く信心をいたし申候処に、さにては無して大難雨の如く来り候と云云。真にてや候らん、又弁公がいつはりにて候やらん。いかさまよきついでに不審をはらし奉らん。法華経の文に「難信難解」と説き給ふは是也。此経をききうくる人は多し、まことに聞受る如くに大難来れども憶持不忘の人は希なる也。受るはやすく持はかたし、さる間成仏は持にあり。此経を持ん人は難に値べしと心得て持つ也。「則為疾得無上仏道」は疑なし。三世の諸仏の大事たる南無妙法蓮華経を念ずるを、持とは云也。経に云「護持仏所属」といへり。天台大師の云「信力の故に受け、念力の故に持つ」云云。又云「此経は持ち難し、若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す、諸仏も亦然なり」云云。火にたきぎ(薪)を加る時はさかん也。大風吹ば求羅は倍増する也。松は万年のよはひを持つ故に枝をまげらる。法華経の行者は火と求羅との如し、薪と風とは大難の如し。法華経の行者は久遠長寿の如来也。修行の枝をきられまげられん事疑なかるべし。此より後は此経難持の四字を暫時もわすれず案じ給べし。〇恐恐。    文永十二年乙亥三月六日                  日蓮花押 四条金吾殿