窪尼御前御返事

執筆年:弘安四
窪尼御前御返事(第七書)      弘安四年十二月。六十歳作。      外五ノ一四。遺三〇ノ三五。縮二〇八四。類一一〇六。 しなじなのものをくり給て候。善根と申すは大なるによらず、又ちいさきにもよらず、国により人により時によりやうやう(様々)にかわりて候。譬へばくそ(糞)をほしてつきくだき、ふるいてせんだん(栴檀)の木につくり、又女人、天女、仏につくりまいらせて候へども、火をつけてやき候へばべち(別)の香なし、くそくさし。そのやうにものをころし、ぬすみ(盗)をして、そのはつを(其初穂)をとりて功徳、善根をして候へどもかえりて悪となる。須達長者と申せし人は月氏第一の長者、ぎおん(祇園)精舎をつくりて仏を入れまいらせたりしかども、彼寺焼けてあとなし。この長者もと、いを(魚)をころしてあきなへ(商)て長者となりしゆへにこの寺ついにうせにき。今の人人の善根も又かくのごとく、大なるやうなれどもあるひはいくさ(戦)をして所領を給ひ、或はゆえなく民をわづらはしてたから(財)をまうけて善根をなす。此等は大なる仏事とみゆれども仏にもならざる上、其人人あと(跡)もなくなる事なり。又人をもわづらはさず、我心もなお(直)しく、我とはげみて善根をして候も、仏にならぬ事もあり。いはく(云)、よきたね(良種)をあしき田にうえぬればたねだにもなき上、かへりて損となる。まことの心なれども供養せらるる人だにもあしければ功徳とならず。かへりて悪道におつる事候。此は日蓮を御くやう(供養)は候はず。法華経の御くやうなれば釈迦仏、多宝仏、十方の諸仏に、此功徳はまかせ(任)まいらせ候。抑今年の事申しふりて候上、当時はとし(歳)のさむき事生れて已来いまだおぼへ候はず。ゆき(雪)なんどのふりつもりて候事おびただし。心ざしある人もとぶらひがたし。御をとずれ、をぼろげの御心ざしにあらざる歟。恐恐謹言。  十二月二十七日                日蓮花押   くぼの尼御前御返事 (考三ノ五)