法門可被申様之事

執筆年:文永六
真筆あり
 法門申さるべきよう。選択をばうちをきて、先ず法華経の第二の巻の今此三界の文を開きて、釈尊は我等が親父也等定め了るべし。何れの仏か我等が父母にてはをはします。外典三千余巻にも忠孝の二字こそせん(詮)にて候なれ。忠は又孝の家より出とこそ申し候なれ。されば外典は内典の初門。此の心は内典にたがわず候か。人に尊卑上下はありというとも、親を孝するにはすぎずと定められたるか。釈尊は我等が父母なり。一代の聖教は父母の子を教えたる教経なるべし。其の中に天上・龍宮・天竺なんどには無量無辺の御経ましますなれども、漢土日本にはわづかに五千七千余巻なり。此れ等の経々の次第勝劣等は私には弁えがたう候。而るに論師・大師・先徳には末代の人の智慧こえがたければ、彼の人々の料簡を用ゆべきかのところに、華厳宗の五教・四教、法相・三論の三時・二蔵、或は三転法輪。[p0443-0444] {第三紙空白}[p0444]  世尊法久後要当説真実の文は又法華経より出て金口の明説なり。仏説すでに大に分けて二途なり。譬えば世間の父母の譲りの前判後判のごとし。はた又、世間の前判後判は如来の金言をまなびたるか。孝不孝の根本は前判後判の用不用より事おこれり、こう立て申すならば人々さもやとおぼしめしたらん時申すべし。抑そも浄土の三部経等の諸宗の依経は当分四十余年の内なり。世尊は我等が慈父として未顕真実ぞと定めさせ給う御心は、かの四十余年の経々に付けとおぼしめししか。又説真実の言にうつれとおぼしめししか。心あらん人々御賢察候べきかとしばらくあじわい(味)て、よも仏程の親父の一切衆生を一子とおぼしめすが、真実なる事をすてて未顕真実の不実なる事に付けとはおぼしめさじ。[p0444] さて法華経にうつり候わんは四十余年の経々をすてて遷り候べきか、はた又かの経々竝びに南無阿弥陀仏等をばすてずして遷り候べきかとおぼしきところに、凡夫の私の計らい、是非につけておそれあるべし。仏と申す親父の仰せを仰ぐべしとまつところに、仏定めて云く_正直捨方便等云云。方便と申すは無量義経に_未顕真実と申す上に_以方便力〔方便力を以てす〕と申す方便なり。以方便力の方便の内に浄土三部経等の四十余年の一切経は一字一点も漏らすべからざるか。されば四十余年の経々をすてて法華経に入らざらん人々は世間の孝不孝は知らず、仏法の中には第一の不孝の者なるべし。故に第二譬喩品に云く_今此三界 乃至 雖復教詔 而不信受〔今此の三界は 乃至 復教詔すと雖も 而も信受せず〕等云云。四十余年の経々をすてずして法華経に竝べて行ぜん人々は主師親の三人のおおせを用いざる人々なり。教と申すは師親のおしえ、詔と申すは主上の詔勅なるべし。仏は閻浮第一の賢王・聖師・賢父なり。[p0444-0445] されば四十余年の経々につきて法華経へうつらず、又うつる人々も彼の経々をすててうつらざるは、三徳備えたる親父の仰せを用いざる人、天地の中にすむべき者にはあらず。この不孝の人の住処を経の次下に定めて云く_若人不信 乃至 其人命終 入阿鼻獄〔若し人信ぜずして 乃至 其の人命終して 阿鼻獄に入らん〕等云云。設い法華経をそしらずとも、うつり付かざらむ人々不孝の失疑いなかるべし。不孝の者は又悪道疑いなし。故に仏は_入阿鼻獄と定め給いぬ。何に況んや爾前の経々に執心を堅くなして法華経へ遷らざるのみならず、善導が千中無一、法然が捨閉閣抛とかけるはあに阿鼻地獄を脱るべしや。其の所化竝びに檀那は又申すに及ばず。_雖復教詔 而不信受と申すは孝に二つあり。世間の孝の孝不孝は外典の人々これをしりぬべし。内典の孝不孝は設い論師等なりとも実教を弁えざる権教の論師の流れを受けたる末の論師なんどは後生しりがたき事なるべし。何に況んや末々の論師をや。[p0445-0446] 涅槃経の三十四に云く_人身を受けんことは爪上の土、三悪道に堕ちん事は十方世界の土。四重・五逆乃至涅槃経を謗ずる事は十方世界の土、四重・五逆乃至涅槃経を信ずる事は爪の上の土なんどととかれて候。末代には五逆の者と謗法の者は十方世界の土のごとしとみえぬ。されども当時五逆罪つくる者は爪の上の土、作らざる者は十方世界の土程候えば、経文そらごとなるようにみえ候を、くわしくかんがえみ候えば、不孝の者を五逆罪の者とは申し候か。又相似の五逆と申す事も候。さるならば前王の正法・実法を弘めさせ給うと候を、今の王の権法相似の法を尊んで天子本命の道場たる正法の御寺の御帰依うすくして、権法・邪法の寺の国々に多くいできたれるは、愚者の眼には仏法繁盛とみえて、仏天智者の御眼には古き正法の寺寺ようやくうせ候えば、一には不孝なるべし、賢なる父母の氏寺をすつるゆえ。二には謗法なるべし。若ししからば日本国当世は国一同に不孝謗法の国なるべし。[p0446]  此の国は釈迦如来の御所領。仏の左右臣下たる大梵天王第六天の魔王にたわせ給いて、大海の死骸をとどめざるがごとく、宝山の曲林をいとうがごとく、此の国の謗法をかえんとおぼすかと勘え申すなりと申せ。この上捨てられて候四十余年の経々の今に候はいかになんど、俗の難せば返吉(詰)して申すべし。塔をくむあししろ(足代)は塔をくみあげては切りすつるなりなんと申すべし。此の譬えは玄義の第二の文に ̄今大教若起方便教絶〔今の大教若し起れば方便の教絶す〕と申す釈の心なり。妙と申すは絶という事、絶と申す事は此の教起れば已前の経々を断止と申す事なるべし。_正直捨方便の捨の文字の心、又嘉祥の_日出ぬるは星かくるの心なるべし。但し爾前の経々は塔のあししろなればきりすつるとも、又塔をすり(修理)せん時は用ゆべし。又切りすつべし。三世の諸仏の説法の儀式かくのごとし。[p0447]  又俗の難に云く 慈覚大師の常行堂等の難、これをば答うべし。内典の人外典をよむ。得道のためにあらず、才学のためか。山寺の小兒の倶舎の頌をよむ、得道のためか。伝教・慈覚は八宗を極め給えり。一切経をよみ給う。これみな法華経を詮と心え給わん梯磴なるべし。[p0447]  又俗の難に云く 何にさらば御房は念仏をば申し給わぬ。[p0447]  答て云く 伝教大師は二百五十戒をすて給いぬ。時に当たりて、法華円頓の戒にまぎれしゆえなり。当世は諸宗の行多けれども、時にあたりて念仏をもてなして法華経を謗ずるゆえに、金石迷いやすければ唱え候わず。例せば仏十二年が間、常楽我浄の名をいみ給いき。外典にも寒食のまつりに火をいみ、あかき物をいむ。不孝の国と申す国をば孝養の人はとお(通)らず。此れ等の義なるべし。[p0447-0448]  いくたびも選択をばいろわずして先ずこうたつ(立)べし。[p0448]  又御持仏堂にて法門申したりしが面目なんどかかれて候事、かえすがえす不思議におぼえ候。そのゆえは僧となりぬ。其の上、一閻浮提にありがたき法門なるべし。設い等覚の菩薩なりともなにとかおもうべき。まして梵天・帝釈等は我等が親父釈迦如来の御所領をあずかりて、正法の僧をやしなうべき者につけられて候。毘沙門等は四天下の主、此れ等が門まもり。又四州の王等は毘沙門天が所従なるべし。其の上、日本秋津嶋は四州の輪王の所従にも及ばず、但嶋の長なるべし。長なんどにつかえん者どもに召されたり、上なんどかく上、面目なんど申すは、かたがたせんするところ日蓮をいやしみてかけるか。[p0448]  総じて日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始めはわすれぬようにて後には天魔つきて物にくるう。しょう房がごとし。わ御房もそれていになりて天のにくまれかおるな。のぼりていくばくもなきに実名をかうる(替)じょう物くるわし。定めてことばつき音なんども京なめりになりたるらん。ねずみがかわほり(蝙蝠)になりたるように、鳥にもあらず、ねずみにもあらず、田舎法師にもあらず、京法師にもにず、しょう房がようになりぬとおぼゆ。言をば但いなかことばにてあるべし。なかなかあしきようにて有るなり。尊成とかけるは隠岐の法皇の御実名か、かたがた不思議なるべし。[p0448-0449]  かつしられて候ように当世の高僧真言・天台等の人々のおいのりは叶いまじきよし前々に申し候上、今年鎌倉の真言師等は去年より変成男子の法おこなわる。隆弁なんどは自歎する事かぎりなし。七八百余人の真言師、東寺・天台の大法・秘法尽くして行ぜしがついにむなしくなりぬ。禅宗・律僧等又一同に行いしかどもかなわず。日蓮が叶うまじと申すとて不思議なりなんどおどし候しかども皆むなしくなりぬ。小事たる今生の御いのりの叶わぬを用てしるべし。大事たる後生叶うべしや。[p0449]  真言宗の漢土に弘まる始めは、天台の一念三千を盗み取って真言の教相と定めて理の本とし、枝葉たる印真言を宗と立て、宗として天台宗を立て下す条、謗法の根源たるか。又華厳・法相・三論も天台宗日本になかりし時は謗法ともしられざりしが、伝教大師円宗を勘えいだし給いて後、謗法の宗ともしられたりしなり。当世真言等の七宗の者、しかしながら謗法なれば大事の御いのり叶うべしともおぼえず。[p0449-0450]  天台宗の人々は我が宗は正なれども邪なる他宗と同ずれば我が宗の正をもしらぬ者なるべし。譬えば東に迷う者は対当の西に迷い、東西に迷うゆえに十方に迷うなるべし。外道の法と申すは本内道より出て候。而れども外道の法をもて内道の敵となるなり。諸宗は法華経よりいで、天台宗を才学として而も天台宗を失うなるべし。天台宗の人々は我が宗は実義とも知らざるゆえに、我が宗のほろび、我が身のかろくなるをばしらずして、他宗を助けて我が宗を失うなるべし。法華宗の人が法華経の題目南無妙法蓮華経とはとなえずして、南無阿弥陀仏と常に唱えば、法華経を失う者なるべし。例せば外道は三宝を立て、其の中に仏宝と申すは南無摩醯修羅天と唱えしかば、仏弟子は翻邪の三帰と申して南無釈迦牟尼仏と申せしなり。此れをもって内外のしるしとす。南無阿弥陀仏とは浄土宗の依経の題目なり。心には法華経の行者と存すとも南無阿弥陀仏と申さば傍輩は念仏者としりぬ。法華経をすてたる人とおもうべし。叡山の三千人は此の旨を弁えずして王法にもすてられ叡山をもほろぼさんとするゆえに、自然に三宝に申す事叶わず等と申し給うべし。[p0450]  人不審して云く 天台・妙楽・伝教等の御釈に我がように法華経竝びに一切経を心えざらん者は悪道に堕つべしと申す釈やあると申さば、玄の三・籤の三の已今当等をいだし給うべし。伝教大師、六宗の学者・日本国の十四人を呵して云く 顕戒論に云く ̄昔聞斉朝之光統今見本朝之六統。実哉法華何況也〔昔斉朝之光統を聞き今は本朝之六統を見る。実なるかな法華の何況なり〕等云云。依憑集に云く ̄新来真言家者則泯筆授之相承 旧到華厳家則隠影響之軌模。沈空三論宗者忘弾呵之屈恥覆称心之酔。著有法相宗非撲陽之帰依撥青龍之判経〔新来の真言家は則ち筆授之相承を泯し、旧到の華厳家は則ち影響之軌模を隠す。沈空の三論宗は弾呵之屈恥を忘れて称心之酔を覆う。著有の法相宗は撲陽之帰依をなみし、青龍之判経等をはらう〕等云云。天台・妙楽・伝教等は真言等の七宗の人々は設い戒定はまたく(全)とも、謗法のゆえに悪道脱るべからずと定められたり。何に況んや禅宗・浄土宗等は勿論なるべし。されば止観は偏に達磨をこそは(破)して候めれ。而して当世の天台宗の人々は諸宗に得道をゆるすのみならず、諸宗の行をうばい取って我が行とする事いかん。[p0450-0451]  当世の人々ことに真言宗を不審せんか。立て申すべきよう。日本国に八宗あり。真言宗大に分けて二流あり。所謂東寺・天台なるべし。法相・三論・華厳・東寺の真言等は大乗宗、設い定慧は大乗なれども東大寺の小乗戒を持つゆえに戒は小乗なるべし。退大取小の者、小乗宗なるべし。叡山の真言宗は天台円頓の戒をうく、全く真言宗の戒なし。されば天台宗の円頓戒におちたる真言宗なり等申すべし。而るに座主等の高僧、名を天台宗にかりて一向真言宗によて法華宗をさぐる(下)ゆえに、叡山皆謗法になりて御いのりにしるしなきか。[p0451-0452]  問て云く 天台法華宗に対当して真言宗の名をけずらるる証文如何。[p0452]  答て云く 学生式に云く[伝教大師の作也] ̄天台法華宗年分学生式[一首]。年分度者人[柏原先帝加えらる天台法華宗伝法者]。凡法華宗天台年分自弘仁九年○令住叡山一十二年不出山門修学両業。凡止観業者○凡遮那業者〔凡そ法華宗天台の年分は弘仁九年より○叡山に住せしめて一十二年山門を出さず両業を修学せしめん。凡そ止観業の者○凡そ遮那業の者〕等云云。[p0452]  顕戒論縁起の上に云く ̄請加新法華宗表一首〔新法華宗に加えんことを請う表一首〕。沙門最澄○華厳宗二人 天台法華宗二人。又云く ̄天台業二人[一人は大毘盧遮那経を読ましむ。一人は摩訶止観を読ましむ]。此れ等は天台宗の内に真言宗をば入れて候こそ候めれ。[p0452]  嘉祥元年六月十五日の格に云く ̄右入唐廻請益。伝統法師位円仁表称 伏尋天台宗伝本朝者〔右入唐廻って請益す。伝統法師位円仁の表に称く 伏して天台宗の本朝に伝うることを尋ぬれば〕○延暦二十四年○二十五年○特賜天台年分度者二人。一人習真言業 一人学止観業〔特り天台の年分度者二人を賜う。一人は真言の業を習わし、一人は止観の業を学ばす〕。○然則天台宗止観真言両業者是桓武天皇所崇建矣〔然れば則ち天台宗の止観と真言との両業は是れ桓武天皇の崇建する所矣〕等云云。[p0452]  叡山においては天台宗にたいしては真言宗の名をけずり、天台宗を骨とし、真言をば肉となせるか。而るに末代に及んで天台・真言両宗中あしうなりて骨と肉と分け、座主は一向に真言となる。骨なき者のごとし。大衆は多分天台宗なり、肉なきもののごとし。仏法に諍いあるゆえに世間の相論も出来して叡山静かならず、朝下にわずらい多し。此れ等の大事を内々は存すべし。此の法門はいまだおしえざりき。よくよく存知すべし。[p0452-0453]  又念仏宗は法華経を背いて浄土の三部経につくゆえに、阿弥陀仏を正として釈迦仏をあなずる。戒においては大小殊なれども釈尊を本とす。余仏は証明なるべし。諸宗を殊なりとも釈迦を仰ぐべきか。師子の中の虫、師子をくらう。仏教をば外道はやぶりがたし。内道の内に事いできたりて仏道を失うべし。仏の遺言なり。仏道の内には小乗をもて大乗を失い、権大乗もて実大乗を失うべし。此れ等は又外道のごとし。又小乗・権大乗よりは実大乗・法華経の人々がかえりて法華経をば失わんが大事にて候べし。仏法の滅不滅は叡山にあるべし。叡山の仏法滅せるかのゆえに異国我が朝をほろぼさんとす。叡山の正法の失するゆえに、大天魔日本国に出来して、法然・大日等が身に入り、此れ等が身を橋として王臣等の御身にうつり住み、かえりて叡山三千人に入るゆえに、師檀中不和にして、御祈祷しるしなし。御祈請しるしなければ三千の大衆等、檀那にすてはてられぬ。[p0453]  又王臣等、向天台真言学者〔天台・真言の学者に向って〕 問て云く 念仏・禅宗等の極理は天台・真言とは一かととわせ給えば、名は天台・真言にかりて其の心も弁えぬ高僧天魔にぬかれて答て云く 禅宗の極理は天台・真言の極理なり、弥陀念仏は法華経の肝心なり、なんど答え申すなり。而るを念仏者・禅宗等のやつばらには天魔乗りうつりて、当世の天台・真言の僧よりも智慧かしこきゆえに、全くしからず、禅ははるかに天台・真言に超えたる極理なり。或は云く 諸経は理深、我等衆生は解微なり。機教相違せり、得道あるべからず。なんど申すゆえに、天台・真言等の学者、王臣等の檀那皆奪いとられて御帰依なければ、現身に餓鬼道に堕ちて友の肉をはみ、仏神にいかりをなし、檀那をすそ(呪咀)し、年々に災いを起こし、或は我が生身の本尊たる大講堂の教主釈尊をやきはらい、或は生身の弥勒菩薩をほろぼす。進んでは教主釈尊の怨敵となり、退いては当来弥勒の出世を過たんとくるい候か。この大罪は経論にいまだとかれず。[p0453-0454]  又此の大罪は叡山三千人の失にあらず。公家・武家の失となるべし。日本一州上下万民一人もなく謗法なれば、大梵天王・帝桓竝びに天照大神等、隣国の聖人に仰せつけられて謗法をためさんとせらるるか。例せば国民たりし清盛入道王法をかたぶけたてまつり、結句は山王大仏殿をやきはらいしかば、天照大神・正八幡・山王等よりき(与力)せさせ給いて、源頼義が末の頼朝に仰せ下して平家をほろぼされて国土安穏なりき。今一国挙げて仏神の敵となれり。我が国に此の国を領すべき人なきかのゆえに大蒙古国は起るとみえたり。例せば震旦・高麗等は天竺についでは仏国なるべし。彼の国々、禅宗・念仏宗になりて蒙古にほろぼされぬ。日本国は彼の国の弟子なり。二国のほろぼされんに、あに此の国安穏なるべしや。国をたすけ家をおもわん人々は、いそぎ禅・念の輩を経文のごとくいましめらるべきか。経文のごとくならば仏神日本国にましまさず。かれを請いまいらせんと術はおぼろげならでは叶いがたし。[p0454-0455] 先ず世間の上下万人云く 八幡大菩薩は正直の頂にやどり給う、別のすみかなし等云云。世間に正直の人なければ大菩薩のすみかましまさず。又仏法の中に法華経計りこそ正直の御経にてはおわしませ。法華経の行者なければ大菩薩の御すみかおわせざるか。但し日本国には日蓮一人計りこそ世間・出世正直の者にては候え。其の故は故最明寺入道に向って、禅宗は天魔のそい(所為)なるべし。のちに勘文もてこれをつげしらしむ。日本国の皆人無間地獄に堕つべし。これほど有る事を正直に申すものは先代にもありがたくこそ。これをもって推察あるべし。それほり外の小事曲ぐべしや。又聖人は言をかざらずと申す。又いまだ顕れざるのちをしるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり。此の法門のゆえに二十余所おわれ、結句流罪に及び、身に多くのきずをかおり、弟子をあまた殺させたり。比干にもこえ、伍しそ(子胥)にもおとらず。提婆菩薩の外道に殺され、師子尊者の壇弥利王に頚をはねられしにもおとるべきか。もししからば八幡大菩薩は日蓮が頂をはなれさせ給いてはいずれの人の頂にかすみ給わん日蓮を此の国に用いずばいかんがすべき、となげかれ候なりと申せ。[p0455-0456]  又日蓮房の申し候。仏菩薩竝びに諸大善神をかえしまいらせん事は別の術なし。禅宗・念仏宗の寺寺を一もなく失い、其の僧らをいましめ、叡山の講堂を造り、霊山の釈迦牟尼仏の御魂を請い入れたてまつらざらん外は諸神もかえり給うべからず、諸仏も此の国を扶け給わん事はかたしと申せ。[p0456]