松野殿後家尼御前御返事
執筆年:弘安二
松野殿後家尼御前御返事(第二書)
弘安二年三月。五十八歳作。
内三四ノ三九。遺二六ノ二三。縮一八三四。類一〇三五。 法華経第五巻安楽行品に云く「文殊師利此法華経於無量国中、乃至名字不可得聞」云云。此文の心は我等衆生の三界六道に輪廻せし事は、或は天に生れ、或は人に生れ、或は地獄に生れ、或は餓鬼に生れ、畜生に生れ、無量の国に生をうけて無辺の苦しみをうけて、たのしみにあひしかども一度も法華経の国には生ぜず。たまたま生れたりといへども南無妙法蓮華経と唱へず。となふる事はゆめ(夢)にもなし、人の申すをも聞かず。仏のたとへを説せ給ふに、一眼の亀の浮木の穴に値ひがたきにたとへ給ふなり。心は大海の中に八万由旬の底に亀と申す大魚あり、手足もなくひれ(鰭)もなし、腹のあつき事はくろがねのやけるがごとし。せなか(背)のこう(甲)のさむき事は雪山ににたり。此魚の昼夜朝暮のねがひ時時剋剋の口ずさみには、腹をひやしこう(甲)をあたゝめんと思ふ。赤栴檀と申す木をば聖木と名く、人の中の聖人也。余の一切の木をば凡木と申す、愚人の如し。此栴檀の木は此魚の腹をひやす木なり。あはれ此木にのぼりて腹をば穴に入てひやし、こうをば天の日にあててあたゝめばやと申す也。自然のことはりとして千年に一度出る亀也。しかれども此木に値ふ事かたし。大海は広し、亀はちいさし、浮木はまれなり。たとひよ(余)のうきき(浮木)にはあへども栴檀にはあはず。あへども亀の腹をえりはめたる様に、がい分に相応したる浮木の穴にあひがたし。我身をち入なばこうをもあたゝめがたし。誰か又とりあぐべき。又穴せばくして腹を穴に入れえずんば、波にあらひをとされて大海にしづみなむ。たとひ不思議として栴檀の浮木の穴にたまたま行あへども、我一眼のひがめる故に浮木西にながるれば東と見る故に、いそいでのらんと思ひておよげ(泳)ば弥弥とをざかる。東に流るを西と見る、南北も又如此云云。浮木にはとをざかれども近づく事はなし。如是無量無辺劫にも一眼の亀の浮木の穴にあひがたき事を仏説給へり。此喩をとりて法華経にあひがたきに譬ふ。設ひあへどもとなへがたき題目の妙法の穴に、あひがたき事を心うべき也。大海をば生死の苦海也、亀をば我等衆生にたとへたり。手足のなきをば善根の我等が身にそなはらざるにたとへ、腹のあつきをば我等が瞋恚の八熱地獄にたとへ、背のこうのさむきをば貪欲の八寒地獄にたとへ、千年大海の底にあるをば我等が三悪道に堕て浮びがたきにたとへ、千年に一度浮ぶをば三悪道より無量劫に、一度人間に生れて釈迦仏の出世にあひがたきにたとう。余の松木、ひの(桧)木の浮木にはあひやすく、栴檀にはあひがたし。一切経には値ひやすく法華経にはあひがたきに譬へたり。たとひ栴檀には値ふとも相応したる穴にあひがたきに喩ふる也。設ひ法華経には値ふとも肝心たる南無妙法蓮華経の五字を、となへがたきにあひたてまつる事のがたきにたとう。東を西と見、北を南と見る事をば、我等衆生かしこがほに智慧有る由をして、勝を劣と思ひ劣を勝と思ふ。得益なき法をば得益あると見る、機にかなはざる法をば機にかなう法と云ふ。真言は勝れ法華経は劣り、真言は機にかなひ、法華経は機に叶はずと見る是也。されば思ひよらせ給へ。仏月氏国に出させ給ひて、一代聖教を説せ給ひしに、四十三年と申せしに初めて法華経を説せ給ふ。八箇年が程一切の御弟子皆如意宝珠のごとくなる法華経を持ち候き。然れども日本国と天竺とは二十万里の山海をへだてて候しかば、法華経の名字をだに聞ことなかりき。釈尊御入滅ならせ給ひて一千二百余年と申せしに漢土へ渡し給ふ。いまだ日本国へは渡らず。仏滅後一千五百余年と申すに、日本国の第三十代欽明天皇と申せし御門の御時、百済国より始めて仏法渡る。又上宮太子と申せし人唐土より始めて仏法渡させ給ひて、其より以来于今七百余年の間一切経並に法華経はひろまらせ給ひて、上一人より下万人に至るまで、心あらむ人は法華経を一部、或は一巻、或は一品持ちて、或は父母の孝養とす。されば我等も法華経を持つと思ふ。しかれども未だ口に南無妙法蓮華経とは唱へず、信じたるに似て信ぜざるが如し。譬ば一眼の亀のあひがたき栴檀の聖木にはあいたれども、いまだ亀の腹を穴に入ざるが如し。入ざればよしなし、須臾に大海にしづみなん。我朝七百余年の間、此法華経弘まらせ給ひて、或は読人、或は説人、或は供養せる人、或は持人、稲麻竹葦よりも多し。然どもいまだ阿弥陀の名号を唱ふるが如く、南無妙法蓮華経とすゝむる人もなく、唱ふる人もなし。一切の経、一切の仏の名号を唱ふるは凡木にあうがごとし。未だ栴檀ならざれば腹をひやさず、日天ならざれば甲をもあたゝめず。但目をこやし心を悦ばしめて実なし、華さいて菓なく言のみ有りてしわざなし。但日蓮一人ばかり日本国に始めて是を唱へまいらする事、去る建長五年の夏のころより于今二十余年の間、昼夜朝暮に南無妙法蓮華経と是を唱ふる事は一人也。念仏申す人は千万也。予は無縁の者也、念仏の方人は有縁也、高貴なり。然ども師子の声には一切の獣声を失ふ、虎の影には犬恐る。日天東に出ぬれば万星の光は跡形もなし。法華経のなき所にこそ弥陀念仏はいみじかりしかども、南無妙法蓮華経の声出来しては、師子と犬と、日輪と星との光くらべのごとし。譬ば鷹と雉とのひとしからざるがごとし。故に四衆とりどりにそねみ、上下同くにくむ。讒人国に充満して、奸人土に多し。故に劣を取りて勝をにくむ。譬ば犬は勝れたり、師子をば劣れり、星をば勝れ、日輪をば劣るとそしる(誹)が如し。然る間邪見の悪名世上に流布しやゝもすれば讒訴し、或は罵詈せられ、或は刀杖の難をかふる(蒙)、或は度度流罪にあたる。五の巻の経文にすこしもたがはず。さればなむだ(涙)左右の眼にうかび、悦び一身にあまれり。こゝに衣は身をかくしがたく、食は命をささへがたし。例せば蘇武が胡国にありしに雪を食として命をたもつ、伯夷は首陽山にすみし、蕨ををりて身をたすく。父母にあらざれば誰か問ふべき、三宝の御助にあらずんばいかでか一日片時も持つべき。未だ見参にも入らず候人のかやうに度度御をとづれのはんべるは、いかなる事にやあやしくこそ候へ。法華経の第四巻には、釈迦仏凡夫の身にいりかはらせ給ひて、法華経の行者をば供養すべきよしを説れて候。釈迦仏御身に入らせ給ひ候歟。又過去の善根のもよをしか。竜女と申す女人は法華経にて仏に成りて候へば、末代に此経を持ちまいらせん女人を、まほらせ(守護)給ふべきよし誓はせ給ひし、其御ゆかりにて候か。貴し、貴し。
弘安二年己卯三月二十六日 日蓮花押
松野殿後家尼御前御返事
(啓三四ノ一〇八。鈔二四ノ三七。語五ノ四。音下ノ四一。拾七ノ四二。扶一三ノ五九)