春初御消息

執筆年:弘安五
春初御消息(上野第卅七書)(報南条氏書)      弘安五年正月。六十一歳作。与上野氏書      外五ノ三三。遺三〇ノ四一。縮二〇九二。類一〇二二。 ははき(伯耆)殿かきて候事、よろこびいりて候。 春の初の御悦、木に花のさくがごとく、山に草の生出がごとし我も人も悦入て候。さては御送物の日記、八木一俵。白塩一俵、十字三十枚、いも(芋)一俵給候畢ぬ。深山の中に白雪三日の間に庭は一丈につもり、谷はみね(峯)となり、みねは天にはし(梯)かけたり。鳥鹿は庵室に入り樵牧は山にさしいらず。衣はうすし食はたえたり。夜はかんく(寒苦)鳥にことならず、昼は里へいでんとおもふ心ひまなし。すでに読経のこえもたえ観念の心もうすし。今生退転して未来三五を経ん事をなげき候つるところに、此御とぶらひ(訪問)に命いき(活)て又もや見参に入候はんずらんとうれしく候。過去の仏は凡夫にておはしまし候し時、五濁乱慢の世にかゝる飢たる法華経の行者をやしなひて、仏にはならせ給ぞとみえて候へば、法華経まことならば此功徳によりて過去の慈父は成仏疑なし。故五郎殿も今は霊山浄土にまいりあはせ給て、故殿に御かうべ(頭)をなでられさせ給べしと。おもひやり候へば涙かきあへられず。恐恐謹言。   正月二十日              日蓮花押    上野殿御返事 (考三ノ一三。)