弥源太殿御返事

執筆年:文永十一
弥源太殿御返事(北条第二書)      文永十一年二月。五十三歳作。      外二二ノ三三。遺一六ノ八。縮一〇三二。類九四四。 抑日蓮は日本第一の僻人也。其故は皆人の父母よりもたかく、主君よりも大事におもはれ候ところの阿弥陀仏、大日如来、薬師等を御信用ある故に三災七難先代にこえ、天変、地夭等昔にも過ぎたりと申す故に、結句は今生には身をほろぼし国をそこなひ、後生には大阿鼻地獄に堕給べしと。一日片時もたゆむ事なくよばわりし故にかかる大難にあへり。譬ば夏の虫の火にとびくばり、ねずみがねこ(猫)のまへに出たるが如し。是あに我身を知て用心せざる畜生の如くにあらずや。身命を失う事併ながら心より出れば僻人也。但し石は玉を含む故にくだかれ、鹿は皮肉の故に殺され、魚はあぢはひある故にとらる。すい(翠)は羽ある故にやぶらる。女人はみめかたちよ(美)ければ必ずねたまる。此意なるべき歟。日蓮は法華経の行者なる故に、三類の強敵あつて種々の大難にあへり。然るにかかる者の弟子檀那とならせ給事不思議也、定て子細候らん。相構て能能御信心候て霊山浄土へまいり給へ。又御祈祷のために御太刀、同刀あはせて二送給はて候。此太刀はしかるべきかぢ(鍛匠)作候歟と覚へ候。あまくに(天国)或は鬼きり(切)、或はやつるぎ(八剣)。異朝にはかむしやうばくや(干将莫耶)が剣に争かことなるべきや。此を法華経にまいらせ給ふ。殿の御もちの時は悪の刀、今仏前へまいりぬれば善の刀なるべし。譬ば鬼の道心をおこしたらんが如し。あら不思議や、不思議や。後生には此刀をつえ(杖)とたのみ給べし。法華経は三世の諸仏発心のつえ(杖)にて候ぞかし。但日蓮をつえはしらともたのみ給べし。けはしき(嶮)山あしき道つえをつきぬればたをれず。殊に手をひかれぬればまろぶ事なし。南無妙法蓮華経は死出の山にてはつえはしらとなり給へ。釈迦仏、多宝仏、上行等の四菩薩は手を取り給べし。日蓮さきに立候はば御迎にまいり候事もやあらんずらん。又さきに行せ給はば日蓮必ず閻魔法王にも委く申べく候。此事少もそら(虚)事あるべからず。日蓮法華経の文の如くならば通塞の案内者なり。只一心に信心おはして霊山を期し給へ。ぜに(銭)と云ものは用にしたがつて変ずるなり。法華経も亦復是如。やみには灯となり、渡りには舟となり、或は水ともなり、或は火ともなり給なり。若し然れば法華経は「現世安穏後生善処」の御経なり。其上日蓮は日本国の中には安州のものなり。総じて彼国は天照太神のすみそめ(住初)給し国なりといへり。かしこにして日本国をさぐり出し給ふ。あはの(安房)国御くりや(厨)なり。しかも此国の一切衆生の慈父非母なり。かかるいみじき国なれば定で故ぞ候らん。いかなる宿習にてや候らん。日蓮又彼国に生れたり、第一の果報なるなり。此消息の詮にあらざれば委はかかず。但おしはかり給べし。能能諸天にいのり申べし。信心にあかなく(無倦)して所願を成就し給へ。女房にもよくよくかたらせ給へ。恐恐謹言。 二月二十一日                     日蓮花押 弥源太殿御返事 (微下ノ三四。考八ノ一七)