実相寺御書

執筆年:建治四
実相寺御書(門弟第廿一書)(原文漢文)      建治四年正月。五十七歳作。与豊前房日源書。      外四ノ一。遺二四ノ二六。縮一六九二。類一六四〇。 新春の御札の中に云く、駿河の国実相寺の住侶、尾張阿闍梨と申す者、玄義の四の巻に涅槃経を引いて、「小乗を以て大乗を破し、大乗を以て小乗を破するは盲目の因也」と釈せらるるの由申候なるは、実にて候やらん。反詰して云く、小乗を以て大乗を破し、大乗を以て小乗を破するは盲目ならば、弘法大師、慈覚大師、智証等はされば盲目となり給たりける歟。善無畏、金剛智、不空等は盲目と成給ふと殿はの給かとつめよ。玄義の四に云く「問ふ、法華に麁を開して麁皆妙に入る、涅槃何の意ぞ更に次第の五行を明す耶。答ふ、法華は仏世の人の為に権を破して実に入れ、復麁有ること無く教意整足せり。涅槃は末代の凡夫の見思の病重く、一実に定執して方便を誹謗し甘呂(露)を服すと雖も、事に即して而も真なること能はず、命を傷けて早夭するが為の故に戒、定、慧を扶けて大涅槃を顕す。法華の意を得れば涅槃に於て次第の行を用ひざる也」。籖の四に云く「次に料簡の中、扶戒定慧と言ふは、事戒、事定、前三教の慧、並に事法を扶くるが為の故なり。具には止観の対治助開の中に説くが如し。今時の行者或は一向に理を尚ぶときは則ち己聖に均と謂ひ、及び実に執して権を謗す。或は一向に事を尚ぶときは則ち功を高位に推り及び実を謗して権を許す。既に末代に処して聖旨を思はず、其れ誰か斯の二の失に堕せざらん。法華の意を得れば則ち初後倶に頓なり。請ふ心を揣り臆を撫で自ら浮沈を暁れと」等云云。此釈に迷惑する者歟。此釈は所詮、或一向尚理とは達磨宗に等しき也。及執実謗権とは華厳宗、真言宗也。或一向尚事とは浄土宗、律宗也。及謗実許権とは法相宗也。夫れ法華経の妙の一字に二義有り、一は相待妙、麁を破して妙を顕す、二は絶対妙、麁を開して妙を顕す。爾前の諸経並に法華已後の諸経は、破麁顕妙の一分之を説くと雖も開麁顕妙は全分之無し。爾るに諸経に依憑する人師彼彼の経経に於て破、顕の二妙を存し、或は天台の智慧を盗み、或は民家に天下を行ふ耳。設ひ開麁を存すと雖も破の義免れ難き歟。何に況や上に挙ぐる所の一向執権或は一向執実等の者をや。而るに彼阿闍梨等は自科を顧みざる者にして、嫉妬するの間、自眼を回転して大山を眩と観る歟。先づ実を以て権を破し権執を絶して実に入るは、釈迦、多宝、十方の諸仏の常儀也。実を以て権を破する者を盲目と為せば釈尊は盲目の人歟。乃至、天台、伝教は盲目の人師なる歟如何。笑ふ可し、返す返す。四十九院等の事、彼の別当等は無智の者たる間日蓮に向つて之を恐る、小田一房等怨を為す歟。弥よ彼等が邪法滅すべき先兆也。根露るれば枝枯れ、源竭れば流尽ると云ふ本文虚しからざる歟。弘法、慈覚、智証三大師の法華経誹謗の大科四百余年の間隠せる根露はれ枝枯る。今日蓮之を糾明せり。拘留外道が石と為つて数百年陳那菩薩に責られ石即ち水と為る。尼?が立てし塔は馬鳴之を頽す。臥せる師子に手を触れば瞋を為す等是也。    建治四年正月十六日          日蓮花押  駿河国実相寺豊前公御房御返事(微上ノ八。考二ノ三九。)