太田殿女房御返事

執筆年:弘安元
太田殿女房御返事(第三書)      弘元年九月。五十七歳作。      内三四ノ一。遺二六ノ一。縮一八〇九。類八二五。 八木(米)一石付十合者大旱魃の代にかはけ(渇)る物に水をほどこしては、大竜王と生れて雨をふらして人天をやしなう(養)。うえ(飢)たる代に食をほどこせる人は国王と生れて其国ゆたかなり。過去の世に金色と申す大王ましましき、其国をば波羅奈国と申す。十二年が間旱魃ゆきて人民うえ死ぬ事おびただし。宅中には死人充満し道路には骸骨充満せり。其時大王一切衆生をあはれみて、おゝくの蔵をひらきて施をほどこし給き。蔵の中の財つきて唯一日の御供のみのこりて候し。衆僧をあつめて供養をなし、王と后と衆僧と万民と皆うえ死なんとせし程に、天より飲食雨のごとくふりて、大国一時に富貴せりと金色王経にとかれて候。此も又かくのごとし。此供養によりて現世には福人となり後生には霊山浄土へまいらせ給べし。恐恐謹言。   九月二十四日                   日蓮花押    大(太)田入道殿女房御返事 (啓三四ノ四九。鈔二三ノ五五。語五ノ一。拾七ノ三三。扶一三ノ四一。音下ノ四一。)