太田入道殿御返事

執筆年:建治元年
真筆あり
 貴札、之を開いて拝見す。御痛みの事一には歎き、一には悦びぬ。  維摩詰経に云く_爾時長者維摩詰念自 寝疾于牀。爾時仏告文殊師利 汝行詣維摩詰疾問〔爾時に長者維摩詰、自ら念すらく、寝て牀に疾む。爾時に仏、文殊師利に告げたまはく、汝、維摩詰に行詣して疾を問へ〕等云云。大涅槃経に云く_爾時如来 乃至 現身有疾 右脇而臥。如彼病人〔爾時に如来、乃至、身に疾有るを現じ、右脇にして臥す。彼の病人の如し〕云云。法華経に云く_少病少悩云云。止観の第八に云く ̄若偃臥・耶 託疾興教。乃至 如来寄滅談常 因病説力〔若し・耶に偃臥し、疾に託して教を興す。乃至、如来滅に寄せて常を談じ、病に因りて力を説く〕云云。又云く ̄明病起因縁有六。一四大不順故病。二飲食不節故病。三坐禅不調故病。四鬼得便。五魔所為。六業起故病〔病の起る因縁を明かすに六有り。一には四大順ならざる故に病む。二には飲食節ならざる故に病む。三には坐禅調はざる故に病む。四には鬼便りを得る。五には魔の所為。六には業の起るが故に病む〕云云。 大涅槃経に_世有三人其病難治。一謗大乗。二五逆罪。三一闡提。如是三病世中極重〔世に三人の其の病治し難き有り。一には大乗を謗ず。二には五逆罪。三には一闡提。是の如き三病は世の中の極重なり〕云云。又云く_今世悪業成就 乃至 必応地獄 乃至 供養三宝故 不堕地獄現世受報。所謂頭目背痛〔今世に悪業を成就し 乃至 必ず地獄なるべし 乃至 三宝を供養するが故に地獄に堕せずして現世に報を受く。いわゆる頭と目と背との痛み〕云云。止観に云く ̄若有重罪 乃至 人中軽償。此是業欲謝故病也〔若し重罪有りて 乃至、人中に軽く償ふつ。此れは是れ業が謝せんと欲する故に病むなり〕。 龍樹菩薩の大論に云く ̄問云 若爾華厳経乃至般若波羅蜜非秘密法。而法華者秘密也等。乃至 譬如大薬師能変毒為薬〔問て云く 若し爾れば華厳経、乃至、般若波羅蜜は秘密の法に非ず。法華は秘密なり等。乃至 譬へば大薬師の能く毒を変じて薬と為すが如し〕云云。天台此の論を承けて云く ̄譬如良医能変毒為薬 乃至 今経得記即是変毒為薬。故論云 余経非秘密 法華為秘密〔譬へば良医の能く毒を変じて薬と為すが如し 乃至 今経の得記は即ち是れ毒を変じて薬と為すなり。故に論に云く 余経は秘密に非ず、法華は秘密と為すなり〕云云。止観に云く ̄法華能治 復称為妙〔法華は能く治す。復称して妙と為す〕云云。妙楽云く ̄難治能治 所以称妙〔治し難きを能く治す所以に妙と称す〕等云云。 大経に云く_爾時王舎大城阿闍世王 其性弊悪 乃至 害父已心生悔熱。乃至心悔熱故 ・体生瘡 其瘡臭穢 不可付近。爾時其母字韋提希。以種種薬而為伝之。其瘡遂増 無有降損。王即白母。如是瘡者 従心而生。非四大起。若言衆生 有能治者 無有是処〔爾時に王舎大城の阿闍世王、其の性弊悪にして 乃至 父を害し已りて心に悔熱を生ず。乃至 心悔熱するが故に・体瘡を生ず。其の瘡臭穢にして付近すべからず。爾時に其の母韋提希と字く。種種の薬を以てしかも為に之をつく。其の瘡遂に増して降損有ること無し。王、即ち母に白す。是の如き瘡は心より生ず。四大より起るに非ず。若し衆生能く治する者有りと言はば、是のことはり有ること無けん〕云云。爾時世尊大悲導師 為阿闍世王 入月愛三昧。入三昧已放大光明。其光清涼 往照王身 身愈即瘡〔爾時に世尊、大悲導師、阿闍世王の為に月愛三昧に入りたまふ。三昧に入り已りて大光明を放つ。其の光、清涼にして、往て王の身を照らすに身の瘡即ち愈えぬ〕 平等大慧妙法蓮華経の第七に云く_此経則為。閻浮提人。病之良薬。若人有病。得聞是経。病即消滅。不老不死〔此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり。若し人病あらんに是の経を聞くことを得ば、病即ち消滅して不老不死ならん〕云云。  已上、上の諸文を引いて惟に御病を勘ふるに、六病を出でず。其の中の五病は且く之を置く。第六の業病は最も治し難し。将た又業病に軽有り重有り、多少定まらず。就中、法華経誹謗の業病最第一也。神農・黄帝・華佗・扁鵲も手を拱き、持水・流水・耆婆・維摩も口を閉づ。但、釈尊一仏の妙法の良薬に限りて之を治す。 法華経に云く 上の如し。大涅槃経に法華経を指して云く_若有毀謗是正法 能自改悔還帰於正法 乃至 除此正法 更無救護。是故応当 還帰正法〔若し是の正法を毀謗するも、能く自ら改悔し、正法に還帰すること有らざれば 乃至 此の正法を除いて更に救護すること無し。是の故に応当に正法に還帰すべし〕云云。 荊谿大師云く ̄大経自指法華為極〔大経自ら法華を指して極と為す〕云云。又云く ̄如人倒地還従地起。故以正謗接邪堕〔人の地に倒れて還りて地より起つが如し。故に正の謗を以て邪の堕に接す〕云云。 世親菩薩は本小乗の論師なり。五竺の大乗を止めんが為に五百部の造る。小乗論を後に無著菩薩に値ひ奉り、忽ちに邪見を翻し、一時に此の罪を滅せんが為に著に向ひて舌を切らんと欲す。著止めて云く 汝其の舌を以て大乗を讃歎せよ、と。親り忽ちに五百部の大乗論を造りて小乗を破失す。又一の願を制立せり。我一生の間、小乗を舌の上に置かじ、と。然して後、罪滅して弥勒の天に生ず。 馬鳴菩薩は東印度の人にして付法蔵の第十三に列なれり。本、外道の長たりし時に勒比丘と内外の邪正を論ずるに、其の心言下に解りて重科を遮せんが為に自頭を刎んと擬す所謂〈いはく〉、我、我に敵して堕獄せしむ。勒比丘諌め止めて云く 汝頭を切ること勿れ。その頭と口とを以て大乗を讃歎せよ、と。鳴、急に起信論を造りて外小を破失せり。月氏の大乗の初め也。 嘉祥寺の吉蔵大師は、漢土第一の名匠、三論宗の元祖なり。呉会に独歩し、慢幢最も高し。天台大師に対して已今当の文を諍ひ、立つ処に邪執を飜破し、謗人謗法の重罪を滅せんが為、百余人の高徳を相語らひ、智者大師を屈請して、身を肉橋と為し、頭に両足を承く。七年之間、薪を採り水を汲み、講を廃し衆を散じ、慢幢を倒さんが為に法華経を誦せず。大師の滅後、隋帝に往詣し、双足を・摂し、涙を流しえ別れを告げ古鏡を観見して自影を慎辱す。業病を滅せんと欲して上の如く懺悔す。  夫れ以みれば、一乗の妙経は三聖の金言、已今当の妙珠、諸経の頂に居す。経に云く_於諸経中。最在其上〔諸経の中に於て最も其の上にあり〕。又云く_法華最第一〔法華最も第一なり〕。伝教大師の云く ̄仏立宗云云。予、随分、大・金・地等の諸の真言経を勘へたるに、敢えて此の文の会通の明文無し。但、畏・智・空・法・覚・証等の曲会に見えたり。是に知んぬ。釈尊・大日の本意は限りて法華の最上に在る也。而るに本朝真言の元祖たる、法・覚・証等の三大師、入唐の時、畏・智・空等の三三蔵の誑惑を果・全等に相承して帰朝し了ぬ。法華・真言弘通之時、三説超過の一乗の名月を隠して、真言両界の螢火を顕し、剰へ法華経を罵詈して云く 戯論也、無明の辺域也。自害の謬・に曰く 大日経は戯論也。無明の辺域也。本師既に曲がれり。末葉豈に直からんや。源濁れば流れ清からず等、是れ之を謂ふか。之に依て日本久しく闇夜と為り、扶桑終に他国の霜に枯れんと欲す。  抑そも貴辺は嫡嫡末流の一分に非ずと雖も、将た又檀那、所従なり。身は邪家に処して年久しく、心は邪師に染みて月重る。設ひ大山を頽るる設ひ大海は乾くとも、此の罪消え難きか。然りと雖も宿縁の催す所、又今生に慈悲の薫ずる所、存の外に貧道に値遇して改悔を発起する故に、未来の苦を償ひ、現在に軽瘡出現せるか。彼の闍王の身瘡は五逆謗法の二罪の招く所なり。仏、月愛三昧に入て其の身を照らしたまへば悪瘡忽ちに消え、三七日の短寿を延べて四十年の宝算を保ち、兼ねては又三人の羅漢を屈請して一代の金言を書き顕し、正像末に流布せり。此の禅門の悪瘡は但謗法の一科なり。所持の妙法は月愛に超過す。豈に軽瘡を愈して長寿を招かざらんや。此の語徴無くんば声を発して一切世間眼は大妄語の人、一乗妙経は綺語の典、名を惜しみたまはば、世尊、験を顕し、誓ひを恐れたまはば諸の賢聖きたり護りたまへと叫喚したまへ、と。爾云ふ。書は言を尽くさず。言は心を尽くさず。事々見参の時を期せん。恐恐。 十一月三日 日 蓮 花押 太田入道殿御返事