大井荘司入道御書

執筆年:建治二
大井荘司入道御書(各別書)      建治二年。五十五歳作。      外二ノ二四。遺二二ノ二二。縮一五三四。類九五六。 柿三本、酢一桶、くぐたち(菜)土筆給候畢ぬ。唐土に天台山と云ふ山に龍門と申て百丈の滝あり。此滝の麓に春の初より登らんとして多の魚集れり。千万に一も登ることを得れば龍となる。魚、龍と成らんと願ふこと民の昇殿を望むが如く、貧なるものの財を求るが如し。仏に成ことも亦此の如し。彼滝は百丈早き事合張の天より箭を射徹すより早し。此滝へ魚登らんとすれば、人集りて羅網をかけ釣をたれ弓を以て射る、左右の辺に間なし。空には?、鷲、鵄、烏、夜は虎、狼、狐、狸何にとなく集りて食ひ噬む。仏になるをも是を以て知ぬべし。有情輪廻、生死六道と申て我等が天竺に於て師子と生れ、漢土、日本に於て虎狼野干と生れ、天には?鷲、地には鹿蛇と生れしこと数をしらず。或は鷹の前の雉、猫の前の鼠と生れ、生ながら頭をつゝき(啄)しゝむら(肉)をかまれ(咬)しこと数をしらず。一劫が間の身、骨は須弥山よりも高く、大地よりも厚かるべし。惜き身なれども云に甲斐なく奪れてこそ候けれ。然ば今度法華経の為に、身を捨て命をも奪れ奉れば、無量無数劫の間の思ひ出なるべしと思ひ切給ふべし。穴賢、穴賢。又又申すべし。恐恐謹言。   建治二年丙子                     日蓮花押    大井荘司入道殿 (微上ノ六。考二ノ一〇。)