四條金吾殿御返事

執筆年:建治三年
 はるかに申しうけ給はり候はざりつれば、いぶせく候ひつるにかたがたの物と申し、又□御つかいと申し、よろこび入て候。又まほりまいらせ候。所領の間の御事は上よりの御文ならびに御消息、引き合わせて見候ひ畢んぬ。此の事は御文なきさきにすい(推)して候。上には最大事とをぼしめされて候へども、御きんず(近習)の人人ざんそう(讒奏)にて、あまりに所領をきらい、上をかろしめたてまつり候。ぢうあう(縦横)の人こそをゝく候に、かくまで候へば、且く御恩をばおさへさせ給ふべくや候らんと申すらんとすい(推)して候なり。  それにつけては御心えあるべし、御用意あるべし。我が身と申し、をや(親)・類親と申し、かたがた御内に不便といはれまいらせて候大恩の主なる上、すぎにし日蓮が御かんきの時、日本一同ににくむ事なれば、弟子等も或は所領ををゝかたよりめされしかば、又方々の人々も或は御内々をいだし、或は所領ををい(追)なんどせしに、其の御内になに事もなかりしは御身にはゆゆしき大恩と見へ候。このうへはたとひ一分の御恩なくとも、うらみまいらせ給ふべき主にはあらず。それにかさねたる御恩を申し、所領をきらはせ給ふ事、御とがにあらずや。  賢人は八風と申して八のかぜにをかされぬを賢人と申すなり。利・衰・毀・譽・称・譏・苦・楽也。をゝ心は利あるによろこばず、をとろうるになげかず等の事也。此の八風にをかされぬ人をば必ず天はまほらせ給ふ也。  しかるをひり(非理)に主をうらみなんどし候へば、いかに申せども天まほり給ふ事なし。訴訟を申せど叶ひぬるべき事もあり、申さぬに叶ふべきを申せば叶はぬ事も候。夜めぐりの殿原の訴訟は申すは叶ひぬべきよしをかんがへて候ひしに、あながちになげかれかし上、日蓮がゆへにめされて候へば、いかでか不便に候はざるべき。但し訴訟だにも申し給はずば、いのりてみ候はんと申せしかば、さうけ給はり候ひぬと約束ありて、又をりかみ(折紙)をしきりにかき、人人訴訟ろんなんどありと申せし時に、此の訴訟よも叶はじとをもひ候ひしが、いま(今)までのびて候。  だいがくどの(大学殿)ゑもんのたいうどの(右衛門大夫殿)の事どもは申すまゝにて候あいだ、いのり叶ひたるやうにみえて候。はきりどの(波木井殿)の事は法門は御信用あるやうに候へども、此の訴訟は申すまゝには御用ひなかりしかば、いかんがと存じて候ひしほどに、さりとてはと申して候ひしゆへにや候ひけん、すこししるし候か。これにをもうほどなかりしゆへに又をもうほどなし。  だんな(檀那)と師とをもひあわぬいのりは、水の上に火をたくがごとし。又だんなと師とをもひあひて候へども、大法を小法をもつてをか(犯)してとしひさし(年久)き人人の御いのりは叶ひ候はぬ上、我が身もだんなもほろび候也。天台の座主明雲と申せし人は第五十代の座主也。去る安元二年五月に院勘をかほりて伊豆の国へ配流。山僧大津よりうばいかへす。しかれども又かへりて座主となりぬ。又すぎにし寿永二年十一月に義仲にからめとられし上、頚うちきられぬ。是れはながされ頚きらるるをとが(失)とは申さず。賢人聖人もかゝる事候。  但し源氏の頼朝と平家の清盛との合戦の起りし時、清盛が一類二十余人起請をかき連判をして願を立て、平家の氏寺と叡山をたのむべし、三千人は父母のごとし、山のなげきは我等がなげき、山の悦びは我等がよろこびと申して、近江の国二十四郡を一向によせて候ひしかば、大衆と座主と一同に、内には真言の大法をつくし、外には悪僧どもをもて源氏をい(射)させしかども、義仲が郎等ひぐち(樋口)と申せしをのこ(男)、義仲とただ五六人計り、叡山中堂にはせのぼり、調伏の壇の上にありしを引き出だしてなわ(縄)をつけ、西ざかを大石をまろばすやうに引き下ろして、頚をうち切りたりき。  かゝる事あれども日本の人々真言をうとむ事なし。又たづぬる事もなし。去る承久三年辛巳の五・六・七の三箇月が間、京・夷の合戦ありき。時に日本第一の秘法どもをつくして、叡山・東寺・七大寺・園城寺等、天照太神・正八幡・山王等に一一に御いのりありき。其の中に日本第一の僧四十一人也。所謂前の座主慈円大僧正・東寺・御室・三井寺の常住院の僧正等は度々義時を調伏ありし上、御室は紫宸殿にして六月八日より御調伏ありしに、七日と申せしに同じく十四日にいくさにまけ、勢多迦が頚きられ、御室をもひ死に死しぬ。かゝる事候へども、真言はいかなるとがともあやしむる人候はず。をよそ真言の大法をつくす事、明雲第一度、慈円第二度に日本国の王法ほろび候ひ畢んぬ。今度第三度になり候。当時の蒙古調伏此れなり。  かゝる事も候ぞ。此れは秘事なり。人にいはずして心に存知せさせ給へ。されば此の事御訴訟なくて又うらむる事なく、御内をばいでず、我かまくら(鎌倉)にうちい(打居)て、さきざきよりも出仕とをき(遠)やうにて、ときどきさしいでてをはするならば叶ふ事も候ひなん。あながちにわるびれてみへさせ給ふべからず。よく(慾)と名聞瞋との