四条金吾殿御返事(剣形書)

執筆年:弘安二
四条金吾殿御返事(四条第廿七書)(剣形書)     弘安二年十月。五十八歳作。与四条金吾日頼書。     外一三ノ一六。遺二七ノ二六。縮一八八九。類九〇六。 先度強敵とりあひ(取合)について御文給き。委く見まいらせ候。さてもさても敵人にねらはれさせ給しか。前前の用心といひ又けなげといひ、又法華経の信心つよき故に難なく存命せさせ給ひ、目出たし目出たし。夫運きはまりぬれば兵法もいらず、果報つきぬれば所従もしたがはず。所詮運ものこり果報もひかゆる故なり。ことに法華経の行者をば諸天善神守護すべきよし、属累品にして誓状をたて給ひ、一切の守護神、諸天の中にも我等が眼に見へて守護し給は日月天也。争か信をとらざるべき。ことにことに日天の前に摩利支天まします。日天法華経の行者を守護し給はんに、所従の摩利支天尊すて給べしや。序品の時「名月天子、普香天子、宝光天子、四大天王与其眷属万天子倶」と列座し給ふ。まりし天は三万天子の内なるべし。もし内になくば地獄にこそおはしまさんずれ。今度の大事は此天のまほりにあらずや。彼天は剣形を貴辺にあたへ、此へ下りぬ、此日蓮は首題の五字を汝にさづく、法華経受持のものを守護せん事疑あるべからず。まりし天も法華経を持て一切衆生をたすけ給ふ。「臨兵闘者皆陣列在前」の文も法華経より出たり。「若説俗間経書治世語言資生業等皆順正法」とは是也。これにつけてもいよいよ強盛に大信力をいだし給へ。我が運命つきて諸天守護なしとうらむる事あるべからず。将門はつはものの名をとり兵法の大事をきはめたり。されども王命にはまけぬ。はんくわひ(樊噌)ちやうりやう(張良)もよしなし。ただ心こそ大切なれ。いかに日蓮いのり申とも不信ならば、ぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし。はげみをなして強盛に信力をいだし給べし。すぎし存命不思議とおもはせ給へ。なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給べし。「諸余怨敵皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず。兵法剣形の大事も此妙法より出たり、ふかく信心をとり給へ。あへて臆病にては叶べからず候。恐恐謹言。   十月二十三日                 日蓮花押  四条金吾殿御返事 (微下ノ一。考四ノ四九。)