内房女房御返事
執筆年:弘安三
内房女房御返事(報中臣某女書)
弘安三年八月。五十九歳作。
外一〇ノ八。遺二八ノ四三。縮一九七一。類一一一五。 内房よりの御消息に云く、八月九日父にてさふらひ(候)し人の百箇日に相当りてさふらふ(候)。御布施料に十貫まいらせ候。乃至あなかしこあなかしこ。御願文の状に云く「読誦し奉る妙法蓮華経一部、読誦し奉る方便、寿量品三十巻、読誦し奉る自我偈三百巻、唱へ奉る妙法蓮華経の題名五万返」云云。同状に云く「伏して惟れば先考の幽霊生存の時、弟子遥に千里の山河を陵(凌)ぎ、親り妙法の題名を受け、然る後三十日を経ずして永く一生の終を告ぐ」等云云。又云く「嗚呼閻浮の露庭に白骨、仮に塵土と成るとも霊山の界上に亡魂定めて覚蘂を開かん」。又云く「弘安三年女弟子大中臣氏敬白す」等云云。夫以れば一乗妙法蓮華経は月氏国にては一由旬の城に積み、日本国にては唯八巻也。然るに現世後生を祈る人、或は八巻或は一巻、或は方便、寿量、或は自我偈等を読誦し讃歎して、所願を遂げ給ふ先例多之。此は且く置之。奉唱妙法蓮華経の題名五万返と云云。此の一段を宣べんと思ひて先例を尋ぬるに、其例少なし。或は一返、二返唱へて利生を蒙る人粗これ有る歟。いまだ五万返の類を聞かず。但し一切の諸法に亙りて名字あり、其名字皆其体徳を顕はせし事也。例せば石虎将軍と申すは、石の虎を射徹したりしかば石虎将軍と申す。的立の大臣と申すは、鐡的を射とをしたりしかば的立の大臣と名く。是皆名に徳を顕はせば、今妙法蓮華経と申候は、一部八巻二十八品の功徳を五字の内に収め候。譬へば如意宝珠の玉に万の宝を収めたるが如し。一塵に三千を尽くす法門是也。南無と申す字は敬ふ心也。随ふ心也。故に阿難尊者は、一切経の如是の二字の上に南無等云云。南岳大師云く「南無妙法蓮華経」云云。天台大師云く「稽首南無妙法蓮華経」云云。阿難尊者は斛飯王の太子、教主釈尊の御弟子也。釈尊御入滅の後六十日を過ぎて迦葉等の一千人、文殊等の八万人、大閣講堂にして集会し給ひて仏の別れを悲しみ給ふ上、我等は多年の間随逐するすら六十日の間の御別れを悲しむ。百年、千年、乃至末法の一切衆生は何をか仏の御形見とせん。六師外道と申すは八百年以前に、二天、三仙等の説き置きたる四韋陀、十八大経を以てこそ師の名残とは伝へて候へ。いざさらば我等五十年が間、一切の声聞、大菩薩の聞き持ちたる経経を書置きて、未来の衆生の眼目とせんと僉議して、阿難尊者を高座に登せて仏を仰ぐ如く、下座にして文殊師利菩薩、南無妙法蓮華経と唱へたりしかば、阿難尊者此を承取りて如是我聞と答ふ。九百九十九人の大阿羅漢等は筆を染めて書留め給ひぬ。一部八巻二十八品の功徳は此五字に収めて候へばこそ、文殊師利菩薩かくは唱へさせ給ふらめ。阿難尊者又さぞかしとは答へ給ふらめ。又万二千の声聞、八万の大菩薩、二界八番の雑衆も有りし事なれば合点せらるらめ。天台智者大師と申す聖人、妙法蓮華経の五字を玄義十巻、一千丁に書給ひて候。其心は華厳経は八十巻、六十巻、四十巻、阿含経数百巻大集方等数十巻、大品般若四十巻、六百巻、涅槃経四十巻、三十六巻、乃至月氏、龍宮、天上、十方世界の大地微塵の一切経は、妙法蓮華経の経の一字の所従也。妙楽大師重ねて十巻造るを釈籤と名けたり。天台以後に渡りたる漢土の一切経、新訳の諸経は皆法華経の眷属也云云。日本の伝教大師重ねて新訳の経経の中の大日経等の真言の経を、皆法華経の眷属と定められ候畢ぬ。但し弘法、慈覚、智証等は此義に水火也。此義後に粗書きたり。譬へば五畿、七道、六十六箇国、二の島。其中の郡、荘、村、田、畠、人、牛馬、金銀等は、皆日本国の三字の内に備りて一も闕くる事なし。又王と申すは三の字を横に書きて一の字を豎(竪)さまに立てたり。横の三の字は天地人也。豎の一文字は王也、須弥山と申す山の大地をつきとをして傾かざるが如し。天地人を貫きて少しも傾かざるを王とは名けたり。王に二あり、一には小王也。人王、天王是也。二には大王也。大梵天王是也。日本国は大王の如し、国国の受領等は小王也。華厳経、阿含経、方等経、般若経、大日経、涅槃経等の已、今、当の一切経は小王也。譬へば日本国中の国王、受領等の如し。法華経は大王也。天子の如し。然れば華厳宗、真言宗等の諸宗の人人は国主の内の所従等也。国国の民の身として天子の徳を奪ひ取るは、下剋上、背上向下、破上下乱等これ也。設ひいかに世間を治めんと思ふ志ありとも、国も乱れ人も亡びぬべし。譬へば木の根を動さんに枝葉静なるべからず、大海の波あらからんに船おだやかなるべきや。華厳宗、真言宗、念仏宗、律僧、禅僧等は、我身持戒正直に智慧いみじく尊しといへども、其身既に下剋上の家に生れて法華経の大怨敵となりぬ。阿鼻大城を脱るべきや。例せば九十五種の外道の内には正直有智の人多しといへども、二天、三仙の邪法を承けしかば終には悪道を脱るる事なし。然るに今の世の南無阿弥陀仏と申す人人、南無妙法蓮華経と申す人を、或は笑ひ或はあざむく。此は世間の譬に稗の稲をいとひ、家主の田苗を憎む是也。是国将なき時の盗人也、日の出でざる時の?也。夜打、強盗の科めなきが如く、地中の自在なるが如し。南無妙法蓮華経と申す国将と日輪とにあはば、大火の水に消へ猿猴が犬に値ふなるべし。当時南無阿弥陀仏の人人、南無妙法蓮華経の御声の聞えぬれば、或は色を失ひ、或は眼を瞋らし、或は魂を滅し、或は五体をふるふ(震)。伝教大師云く「日出づれば星隠れ、巧を見て拙きを知る」。龍樹菩薩云く「謬辞失ひ易く邪義扶け難し」。徳慧菩薩云く「面に死喪の色有り、言に哀怨の声を含む」。法歳云く「昔の義は虎、今は伏鹿なり」等云云。此等の意を以て知ぬべし。妙法蓮華経の徳あらあら申し開くべし。毒薬変じて薬となる、妙法蓮華経の五字は悪変じて善となる。玉泉と申す泉は石を玉となす、此五字は凡夫を仏となす。されば過去の慈父尊霊は存在に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人也。石変じて玉と成るが如し、孝養の至極と申候也。故に法華経に云く「此我二子、已作仏事」。又云く「此二子者是我善知識」等云云。乃往過去の世に一の大王あり、名を輪陀と申す。此王は白馬の鳴くを聞きて色もいつくしく力も強く、供御を進らせざれども食にあき給ふ。佗国の敵も冑を脱ぎ掌を合す。又此白馬鳴く事は白鳥を見て鳴きけり。然るに大王の政や悪かりけん、又過去の悪業や感じけん。白鳥皆失て一羽もなかりしかば白馬鳴く事なし。白馬鳴かざりければ大王の色も変じ力も衰へ、身もかじけ謀も薄くなりし故に国既に乱れぬ。佗国よりも兵者せめ来らんに、何とかせんと歎きし程に、大王の勅宣に云く「国には外道多し、皆我帰依し奉る仏法も亦かくの如し。然るに外道と仏法と中悪し、何にしても白馬を鳴かせん方を信じて、一方を我国に失ふべしと」云云。爾時一切の外道集りて白鳥を現じて白馬を鳴かせんとせしかども白鳥現ずる事なし。昔は雲を出し霧をふらし(降)、風を吹かせ波をたて、身の上に火を出し水を現じ、人を馬となし馬を人となし、一切自在なりしかども、如何がしけん、白鳥を現ずる事なかりき。爾時馬鳴菩薩と申す仏子あり、十方の諸仏に祈願せしかば、白鳥則ち出来りて白馬則ち鳴けり。大王此を聞食し、色も少し出て来り力も付き、はだへ(膚)もあざやか(鮮)なり。又白鳥、又白鳥、千の白鳥出現して、千の白馬一時に鶏の時をつくる様に鳴きしかば、大王此声を聞食し、色は日輪の如し、膚は月の如し、力は那羅延の如し、謀は梵王の如し。爾時に綸言汗の如く出て返らざれば、一切の外道等其寺を仏寺となしぬ。今日本国亦かくの如し。此国は始めは神代也。漸く代の末になる程に人の意曲り、貪瞋痴強盛なれば神の智浅く、威も力も少し。氏子共をも守護しがたかりしかば、漸く仏法と申す大法を取り渡して人の意も直に、神も威勢強かりし程に、仏法に付き謬り多く出来せし故に国あやう(危)かりしかば、伝教大師漢土に渡りて日本と漢土と月氏との聖教を勘へ合せて、おろか(愚)なるをば捨て賢きをば取り、偏頗もなく勘へ給ひて、法華経の三部を鎮護国家の三部と定め置きて候しを、弘法大師、慈覚大師、智証大師と申せし聖人等、或は漢土に事を寄せて、或は月氏に事を寄せ、法華経を或は第三、第二、或は戯論或は無明の辺域等押下し給ひて、法華経を真言の三部と成さしめて候し程に、代漸く下剋上し、此邪義既に一国に弘まる。人多く悪道に落ちて神の威も漸く滅し、氏子をも守護しがたき故に八十一、乃至八十五之五主は、或は西海に沈み、或は四海に捨てられ、今生には大鬼となり後生は無間地獄に落給ひぬ。然りといえども此事知れる人なければ改める事なし。今日蓮此事をあらあら知る故に、国の恩を報ぜんとするに日蓮を怨み給ふ。此等さて置きぬ。氏女の慈父は輪陀王の如し。氏女は馬鳴菩薩の如し、白鳥は法華経の如し、白馬は日蓮の如し、南無妙法蓮華経は白馬の鳴くが如し。大王の聞食して、色も盛んに力も強きは、過去の慈父、氏女の南無妙法蓮華経の御音を聞食して仏に成らせ給ふが如し。
弘安三年八月十四日 日蓮花押
内房女房御返事
(微上ノ二七。考四ノ一八。)