兵衛志殿女房御返事

執筆年:建治三
兵衛志殿女房御返事(第二書)      建治三年十一月。五十六歳作。与日妙書。      外二二ノ二三。遺二三ノ五七。縮一六五〇。類九三一。 銅の御器二給畢ぬ。釈迦仏三十の御年仏になり始てをはし候時、牧牛女と申せし女人、乳のかい(粥)をに(煮)て仏にまいらせんとし候し程に、いれてまいらすべき器なし。毘沙門天王等の四天王、四鉢を仏にまいらせたりし。其鉢をうちかさねてかい(粥)をまいらせしに仏にはならせ給ふ。其鉢後には人ももら(盛)ざりしかども常に飯のみち(満)し也。後に馬鳴菩薩と申せし菩薩伝へて、金銭三貫にほう(報)じたりし也。今御器二を千里にをくり、釈迦仏にまいらせ給へば、かの福のごとくなるべし。委くは申さず候。 建治三年丁丑十一月七日               日蓮花押 兵衛志殿女房御返事 (微下ノ一九。考八ノ一二。)