乙御前母御書
執筆年:文永十年
真筆あり
おとごぜんのはは
いまは法華経をしのばせ給いて仏にならせ給うべき女人なり。かえすがえす、ふみ(文)ものぐさき者なれども、たびたび申し候。又御房たちをもふびん(不便)にあたらせ給うとうけ給わる。申すばかりなし。
なによりも女房のみ(身)として、これまで来て候いし事。これまでながされ候いける事は、さる事にて御心ざしのあらわるべきにやありけんと、ありがたくにもおぼえ候。釈迦如来の御弟子あまたおわししなかに、十代弟子とて十人ましまししが、なかに目・連{もっけんれん}尊者と申せし人は神通第一にておわしき。四天下と申して日月のめぐり給うところを、かみすじ(髪筋)一すじき(切)らざるにめぐり給いき。これはいかなるゆえぞとたずぬれば、せんしょう(先生)に千里ありしところをかよいて仏法を聴聞せしゆえなり。
又、天台大師の御弟子に章安と申せし人は、万里をわけて法華経をきかせ給いき。伝教大師は三千里をすぎて止観をならい、玄奘三蔵は二十万里をゆきて般若経を得給えり。道のとおきに心ざしあらわるるにや。彼は皆男子なり。権化のしわざなり。今御身は女人なり。ごんじち(権実)はしりがたし。いかなる宿善にてやおわすらん。昔女人すいおと(好夫)をしのびてこそ或は千里をもたずね、石となり、木となり、鳥となり、蛇となれる事もあり。
十一月三日 日 蓮 花押
おとごぜんのはは
おとごぜんがいかにひとなりて候らん。法華経にみやずかわせ給うほうこう(奉公)をば、おとごぜんの御いのちさいわいになり候わん。