乙御前御消息(与日妙尼書)

執筆年:建治元
乙御前御消息(与日妙尼書)      建治元年八月。五十四歳作。与妙常日妙書。      内一四ノ一五。遺一九ノ三三。縮一二八八。類一〇六六。 漢土にいまだ仏法のわたり候はざりし時は、三皇、五帝、三王、乃至大公望、周公旦、老子、孔子つくらせ給て候し文を、或は経となづけ或は典等となづく。此文を披いて人に礼儀をおしへ、父母をしらしめ王臣を定めて世をおさめしかば、人もしたがひ(従)天も納受をたれ給ふ。此にたがい(違)し子をば不孝の者と申し、臣をば逆臣の者とて失にあてられし程に、月氏より仏経わたりし時、或一類は用ふべからずと申し、或一類は用ふべしと申せし程に、あらそひ出来て召合せたりしかば外典の者負て仏弟子勝にき。其後は外典の者と仏弟子を合せしかば、氷の日にとくるが如く火の水に滅するが如く、まくるのみならずなにともなき者となりし也。又仏経漸くわたり来し程に、仏経の中に又勝劣、浅深候けり。所謂小乗経、大乗経、顕経、密経、権経、実経也。譬ば一切の石は金に対すれば一切の金に劣れども、又金の中にも重重あり、一切の人間の金は閻浮檀金には及び候はず。閻浮檀金は梵天の金には及ばざるがごとく、一切経は金の如くなれども又勝劣、浅深ある也。小乗経と申す経は世間の小船のごとく、わづかに人の二人三人等は乗れども百千人は乗せず。設ひ二人三人等は乗れども此岸につけ(著)て彼岸へは行がたし。又すこしの物をば入るれども大なる物をば入れがたし。大乗と申すは大船也。人も十、二十人も乗る上大なる物をもつみ、鎌倉よりつくし(筑紫)、みち(陸奥)の国へもいたる。実経と申すは又彼大船の大乗経にはにるべくもなし。大なる珍宝をもつみ、百千人のりてかうらい(高麗)なんどへもわたりぬべし。一乗法華経と申す経も又如是。提婆達多と申は閻浮第一の大悪人なれども法華経にして天王如来となりぬ。又阿闍世王と申せしは父をころせし悪王なれども、法華経の座に列りて一偈一句の結縁衆となりぬ。竜女と申せし蛇体の女人は、法華経を文殊師利菩薩説給ひしかば仏になりぬ。其上仏説には悪世末法と時をさゝせ給て、末代の男女にをくらせ(贈)給ぬ。此こそ唐船の如くにて候一乗経にてはおはしませ。されば一切経は外典に対すれば石と金との如し。又一切の大乗経、所謂華厳経、大日経、観経、阿弥陀経、般若経等の諸の経経を法華経に対すれば、蛍火と日月と、華山と蟻塚との如し。経に勝劣あるのみならず、大日経の一切の真言師と法華経の行者とを合すれば、水に火をあはせ露と風とを合するが如し。犬は師子をほうれ(吠)ば腹さくる、脩羅は日輪を射奉れば頭七分に破る。一切の真言師は犬と脩羅との如く、法華経の行者は日輪と師子との如し。氷は日輪の出ざる時は堅き事金の如し。火は水のなき時はあつき(熱)事鉄をやけるが如し。然ども夏の日にあひぬれば堅氷のとけやすさ、あつき火の水にあひてきへ(消)やすさ。一切の真言師は気色のたうとげさ、智慧のかしこげさ、日輪をみざる者の堅き氷をたのみ(恃)、水をみざる者の火をたのめ(怙)るが如し。当世の人人の蒙古国をみざりし時のおごり(?)は、御覧ありしやうにかぎり(限)もなかりしぞかし。去年の十月よりは一人もおごる者なし。きこしめししやうに日蓮一人計こそ申せしが、よせて(寄手)だにきたる(来)程ならば面をあはする人もあるべからず。但さる(猿)の犬ををそれかえる(蛙)の蛇ををそるるが如くなるべし。是偏に釈迦仏の御使たる法華経の行者を、一切の真言師、念仏者、律僧等ににくませて我と損じ、ことさらに天のにくまれ(悪)をかほれる国なる故に、皆人臆病になれる也。譬ば火が水をおそれ、木が金をおぢ、雉が鷹をみて魂を失ひ、ねずみ(鼠)が猫にせめらるるが如し。一人もたすかる者あるべからず。其時はいかがせさせ給べき。軍には大将軍を魂とす。大将軍をくし(憶)ぬれば歩兵臆病也。女人は夫を魂とす、夫なければ女人魂なし。此世に夫ある女人すら世の中渡りがたふ(難)みえて候に、魂もなくして世を渡らせ給ふが、魂ある女人にもすぐれ(勝)て心中かひがひしくおはする上、神にも心を入れ仏をもあがめ(崇)させ給へば人に勝れておはする女人也。鎌倉に候し時は念仏者等はさてをき候ぬ。法華経を信ずる人人は志あるもなきも知られ候はざりしかども、御勘気をかほりて佐渡の島まで流されしかば、問訪ふ人もなかりしに、女人の御身としてかたがた御志ありし上、我と来り給し事うつつ(現)ならざる不思議也。其上いま(今)のまうで(詣)又申すばかりなし。定て神もまぼらせ給ひ十羅刹も御あはれみ(憐)ましますらん。法華経は女人の御ためには、暗きにともしび(灯)海に船、おそろしき所にはまほりとなるべきよし、ちかはせ(誓)給へり。羅什三蔵は法華経を渡し給しかば、毘沙門天王は無量の兵士をして葱嶺を送りし也。道昭法師野中にして法華経をよみしかば、無量の虎来て守護しき。此も又彼にはかはるべからず。地には三十六祇、天には二十八宿まほらせ給ふ上、人には必ず二の天影の如くにそひ(添)て候。所謂一をば同生天と云ふ、二をば同名天と申す、左右の肩にそひて人を守護すれば失なき者をば天もあやまつ事なし、況や善人におひてをや。されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固に仮て神の守り則ち強し」等云云。人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ。是は御ために申すぞ。古への御心ざし申す計なし、其よりも今一重強盛に御志あるべし。其時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし。例には佗を引べからず。日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで、一人もなくあやまたん(失)とせしかども、今までかう(斯)て候事は一人なれども心のつよき故なるべしとおぼすべし。一船に乗ぬれば船頭のはかり事わるければ一同に船中の諸人損じ、又身つよき人も心かひな(柔弱)ければ多くの能も無用也。日本国にはかしこき人人はあるらめども大将のはかり事つたなければかひなし。壱岐、対馬九ケ国のつはもの並に男女多く或はころされ、或はとらはれ(擒)、或は海に入り或はがけ(崖)よりおち(堕)しものいくせんまん(幾千万)と云ふ事なし。又今度よせ(寄)なば先にはにるべくもあるべからず。京と鎌倉とは但壱岐、対馬の如くなるべし。前にしたく(支度)していづくへもにげ(逃)させ給へ。其時は昔し日蓮を見じ聞じと申せし人人も、掌をあはせ法華経を信ずべし。念仏者、禅宗までも南無妙法蓮華経と申すべし。抑法華経をよくよく信じたらん男女をば肩にになひ、背におうべきよし経文に見えて候上、くまらえん(鳩摩羅?)三蔵と申せし人をば木像の釈迦をわせ給て候しぞかし。日蓮が頭には大覚世尊かはらせ給ぬ、昔と今と一同也。各各は日蓮が檀那也、争か仏にならせ給はざるべき。いかなる男をせさせ(為夫)給ふとも、法華経のかたきならば随ひ給べからず。いよいよ強盛の御志あるべし。氷は水より出たれども水よりもすざま(凄冷)し、青き事は藍より出たれどもかさぬ(重)れば藍よりも色まさる。同じ法華経にてはをはすれども志をかさぬれば、佗人よりも色まさり利生もあるべき也。木は火にやかるれども栴檀の木はやけず、火は水にけさる(消)れども仏の涅槃の火はきえず。華は風にちれども浄居の華はしぼ(萎)まず、水は大旱魃に失れども黄河に入ぬれば失せず。檀弥羅王と申せし悪王は、月氏の僧の頸を切りしにとがなかりしかども、師子尊者の頸を切し時刀と手と共に一時に落ちにき。弗沙密多羅王は鶏頭摩寺を焼し時、十二神の棒にかふべ(頭)わられにき。今日本国の人人は法華経のかたきとなりて身を亡し国を亡しぬる也。かう申せば日蓮が自讃也と心えぬ人は申す也。さにはあらず是を云はずば法華経の行者にはあらず。又云ふ事後にあへ(合)ばこそ人も信ずれ。かう(斯)ただかきをき(書置)なばこそ、未来の人は智ありけりとはしり候はんずれ。又「身軽法重死身弘法」とのべて候はば、身は軽ければ人は打はり悪むとも法は重ければ必ず弘まるべし。法華経弘まるならば死かばね(屍)還て重くなるべし。かばね重くなるならば此かばねは利生あるべし、利生あるならば今の八幡大菩薩といははる(斎祀)るやうにいはうべし。其時は日蓮を供養せる男女は、武内若宮なんどのやうにあがめ(崇)らるべしとおぼしめせ。抑一人の盲目をあけて候はん功徳すら申すばかりなし。況や日本国の一切衆生の眼をあけて候はん功徳をや。何に況や一閻浮提四天下の人の眼のしい(盲)たるをあけて候はんをや。法華経の第四に云く「仏滅度後能解其義是諸天人世間之眼」等云云。法華経を持つ人は一切世間の天人の眼也と説れて候。日本国の人の日蓮をあだみ候は一切世間の天人の眼をくじる(刳)人也。されば天もいかり日日に天変あり、地もいかり月月に地夭かさなる。天の帝釈は野干を敬ひて法を習しかば、今の教主釈尊となり給ひ、雪山童子は鬼を師とせしかば、今の三界の主となる。大聖上人は形を賎みて法を捨ざりけり。今日蓮おろかなりとも野干と鬼とに劣るべからず。当世の人いみじくとも、帝釈、雪山童子に勝るべからず。日蓮が身の賎きについて巧言を捨て候故に、国既に亡びんとするかなしさよ。又日蓮を不便と申しぬる弟子どもをも、たすけがた(難)からん事こそなげかしくは覚え候へ。いかなる事も出来候はば是へ御わたりあるべし、見奉らん。山中にて共にうえ(餓)死にし候はん。又乙御前こそおとなし(成長)くなりて候らめ。いかにさかし(敏)く候らん。又又申すべし。   八月四日                     日蓮花押   乙御前へ (啓二五ノ二二。鈔一四ノ三四。註一五ノ二五。音上ノ一五。語二ノ五五。拾三ノ三〇。扶九ノ二五。)