両人御中御書

執筆年:弘安三年
真筆あり
ゆづり状をたがうべからず  大国阿闍梨・ゑもんのたいう志殿等に申す。故大進阿闍梨の坊は各々の御計らひに有るべきかと存じ候に、今に人も住せずなんど候なるは、いかなる事ぞ。ゆづり状のなくばこそ、人々も計らひ候はめ。くはしくうけ給はり候へば、べん(弁)の阿闍梨にゆづられて候よしうけ給はり候ひき。又いぎ(違義)あるべしともをぼへず候。それに御用ひなきは別の子細の候か。其の子細なくば大国阿闍梨・大夫志殿の御計らひとして弁の阿闍梨の坊へこぼ(毀)ちわたさせ給ひ候へ。心けん(賢)なる人に候へば、いかんがとこそをもい候らめ。弁の阿闍梨の坊をすり(修理)して、ひろ(広)く、もら(漏)ずば、諸人の御ために御たからにてこそ候はんずらむめ。ふゆはせうまう(焼亡)しげし。もしやけ(焼)なばそむ(損)と申し、人もわらいなん。このふみ(文書)ついて両三日が内に事切て各々の御返事給ひ候はん。恐々謹言。 十月二十日 日 蓮 花押 両人御中