上野殿御返事

執筆年:弘安元
上野殿御返事(上野第廿一書)(塩一駄書)(与南条氏書)      弘安元年九月。五十七歳作。      内三二ノ二三。遺二五ノ四九。縮一七九三。類九九三。 塩一駄、はじかみ(生薑)送給候。金ををくして日本国の沙のごとくならば、たれかたから(宝)としてはこのそこ(筺底)にをさむべき。餅多くして一えんぶだいの大地のごとくならば、たれか米の恩をおもく(重)せん。今年は正月より日日に雨ふり、ことに七月より大雨ひまなし。このところは山中なる上、南ははきり河、北ははや河、東は富士河。西は深山なれば長雨、大雨時時日日につづく間、山さけ(裂)て谷をうづみ(埋)石ながれて道をふせぐ。河たけくして船わたらず、福人なくして五穀ともし(乏)、商人なくして人あつまる事なし。七月なんどはしほ(塩)一升をぜに(銭)百、しほ五合を麦一斗にかへ候しが、今はぜんたい(全体)しほ(塩)なし。何を以てかかう(買)べき。みそ(味噌)もたえ(絶)ぬ。小児のち(乳)をしのぶがごとし。かゝるところにこのしほ(塩)を一駄給て候御心ざし、大地よりもあつく、虚空よりもひろし。予が言は力及ぶべからず。ただ法華経と釈迦仏とにゆづりまいらせ候。事多しと申せども紙上にはつくしがたし。恐恐謹言。  弘安元年九月十九日              日蓮花押    上野殿御返事 (啓三四ノ二五。鈔二三ノ四六。音下ノ四〇。語四ノ四八。拾七ノニ六。扶一三ノ二六)