上野殿御返事

執筆年:弘安元
上野殿御返事(上野第廿二書)(柑子書)(与南条氏書)      外八ノ一〇。遺二六ノ五。縮一八一三。類九九四。 いえのいも(芋)一駄、こうじ(柑子)一こ(篭)、ぜに(銭)六百のかわり御ざ(座)のむしろ(筵)十枚給畢ぬ。去今年は大えき(疫)此の国にをこりて人の死事、大風に木のたうれ大雪に草のおるるがごとし。一人ものこ(残)るべしともみへず候き。しかれども又今年の寒温時したがひて、五穀は田畠にみち草木はやさん(野山)におひふさがりて、尭舜の代のごとく成劫のはじめかとみへて候しほどに、八月九月の大雨大風に日本一同に不熟ゆきて、のこれ(残)る万民冬をすごしがたし。去る寛喜、正嘉にもこえ、来らん三災にもおとらざるか。自界叛逆して盗賊国に充満し、佗界きそい(競)て合戦に心をつひやす。民の心不孝にして父母を見事佗人のごとく、僧尼は邪見にして狗犬と猿猴とのあへるがごとし。慈悲なければ天も此国をまほら(守)ず、邪見なれば三宝にもすてられたり。又疫病もしばらく(暫)はやみ(止)てみえしかども、鬼神かへり入かのゆへに、北国も東国も西国も南国も一同に、やみなげく(病歎)よしきこえ候。かゝるよ(世)にいかなる宿善にか、法華経の行者をやしなわ(養)せ給事、ありがたく候。ありがたく候。事事見参の時申べし恐恐謹言。  後十月十二日               日蓮花押  上野殿御返事 (考三ノ四四。)