三大秘法稟承事(報太田氏書)

執筆年:弘安四
三大秘法禀承事(報太田氏書)      弘安四年四月。六十歳著。与太田金吾書。      外一五ノ二八。遺三〇ノ六。縮二〇五一。類二三九。 夫れ法華経の第七神力品に云く「以要言之、如来一切所有之法、如来一切自在神力、如来一切秘要之蔵、如来一切甚深之事皆於此経宜示顕説」等云云。釈に云く「経中の要説、要四事に在在り」等云云。問ふ、所説の要言の法とは何物ぞや。答ふ、夫れ釈尊成道より四味三教、乃至法華経の広開三顕一の席を立ちて、略開近顕遠を説かせ給ひし涌出品までに、秘せさせ給ひし実相証得の当初修行し給ひし処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり。教主釈尊此の秘法をば三世に隠れ無く普賢、文殊等にも譲り給はず、況や其の以をや。されば此の秘法を説かせ給ひし儀式は、四味、三教並びに法華経の迹門十四品に異なりき。所居の土は寂光本有の国土なり、能居の教主は本有無作の三身なり、所化以て同体なり。かゝる砌なれば久遠称揚の本眷属上行等の四菩薩を寂光の大地の底よりはるばると召し出して付属し給ふ。道迅律師云く「法是れ久成の法なるに由る故に久成の人に付す」等云云。問て云く、其の所属の法門仏の滅後に於ては、何れの時に弘通し給ふべきや。答へて云く、経の第七薬王品に云く「後五百歳中広宣流布於閻浮提無令断絶」等云云。謹んで経文を拝見し奉るに仏の滅後正像二千年過ぎて、第五の五百歳闘諍堅固白法隠没の時云云。問て云く、夫れ諸仏の慈悲は天月の如し、機縁の水澄めば利生の影を万機の水に移すべき処に、正像末の三時の中に末法に限ると説き給は、教主釈尊の慈悲に於て偏頗あるに似たり如何。答ふ、諸仏の和光利物の月影は九法界の闇を照すと雖も、謗法一闡捉の濁水には影を移さず。正法一千年の機の前には唯小乗、権大乗相叶へり。像法一千年には法華経の迹門の機に相応せり。末法に入つて始めの五百年には法華経の本門前後十三品をば置きて、只寿量品の一品を弘通すべき時なり。機法相応せり。今此の本門寿量の一品は像法の後の五百歳尚ほ堪えず。況や始めの五百年をや、何に況や正法の機には迹門尚ほ日浅し、まして本門をや。末法に入つて爾前、迹門は全く出離生死の法にあらず、但だ専ら本門寿量の 品に限りて出離生死の要法なり。是を以て思ふに諸仏の化導に於て全く偏頗なし等云云。問ふ、仏の滅後正像末の三時に於て、本化、迹化の各各の付属分明なり。但寿量の一品に限りて末法濁悪の衆生の為なりといへる経文未だ分明ならず、慥に経の現文を聞かんと欲す如何。答ふ、汝強ちに之を問ふ、聞いて後に堅く信を取るべきなり。所謂寿量品に云く「是好良薬今留在此、汝可取服、勿瓦不差」等云云。問ふ、寿量品は末法悪世に限る。経文顕然なる上は、私に難勢を加ふぺからず。然りと雖も三大秘法其の体如何。答へて云く、予が己心の大事之に如かず、汝が志無二なれぱ少し之を云はん。寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁、深厚本有、無三身の教主釈尊ぜれなり。寿量品に云く「如来秘密神通之力」等云云。疏の九に云く「一身即三身なるを名けて秘となし、三身即一身なるを名けて密となす。又昔より説かざる所を名けて秘となし、唯だ仏のみ自ら知るを名けて密と為す。仏三世に於て等しく三身有り、諸教の中に於て之を秘して伝へず」等云云。題目とは二つの意あり、所謂正、像と末法となり。正法には天親菩薩、龍樹菩薩、題目を唱へさせ給ひしかども、自行計に唱てさて止みぬ。像法には南岳、天台等、亦南無妙法蓮華経と唱へ給へども自行の為にして広く佗の為に説かず、是れ理行の題目なり。末法に入りて今日蓮が唱ふる所の題目は、先代に異なり自行、化佗に亙る南無妙法蓮華経なり。名、体、宗、用、経の五重玄の五字なり。戒壇とは王法、仏法に冥し、仏法、王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王、覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戎壇を建立すべき者か、時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王、帝釈等も来下して踏給ふべき戒壇なり。此の戒法を立てて後延暦寺の戒壇は、迹門の理戒なれば益あるまじき処に、叡山に座主始まつて第三、第四の慈覚、智証、存外に本師伝教、義真に背きて、理同事勝の狂言を本として、我が山の戒法をあなづリて戯論とわらひし故に、存外に延暦寺の戒、清浄無染の中道の妙戒なりしが、徒らに土泥となりぬる事云ふても余りあり、歎きても何かはせん。彼の摩黎山の瓦礫の土となり、栴檀林の荊辣となるにも過ぎたるなるべし。夫れ一代聖教の邪正、偏円を弁へたらん学者の、人をして今の延暦寺の戒壇を踏ましむべきか。此の法門は義理を案じて義をつまぴらかにせよ。此の三大秘法は二千余年の当初地涌千界を上首として、日蓮慥に教主大覚世尊より口決せし相承なり。今日蓮が所行は霊山の禀承に芥爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。問ふ、一念三千の正しき証文如何。答ふ、次に出し申すべし、此に於て二種あり。方便品に云く「諸法実相、所謂諸法、如是相(乃至)欲令衆生開仏知見」等云云。底下の凡夫理性所具の一念三千か。寿量品に云く「然我実成仏已来無量無辺」等云云。大覚世尊、久遠実成の当初証得の一念三千なり。今日蓮が時に之を感じて、此の法門広宣流布するなり。予が年来己心に秘すと雖も、此の法門を書き付けて留め置かずんば、門家の遺弟等定めて無慈悲の讒言を加ふべし。其後は何と悔ゆとも叶ふまじと存ずる間、貴辺に対して書き送り候。一見の後秘して佗見あるへからず、口外も詮なし。法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給ひ候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給へばなり。之を秘すべし。之を秘すべし。 弘安四年卯月八日 日蓮花押 太田金吾殿御返事 (微下ノ六。考五ノ五九)