高橋殿御返事

執筆年:建治元
高橋入道殿御返事(高橋第二書)(加島書)      建治元年七月。五十四歳作。真蹟在富士西山本門寺及大石寺断編。      内三五ノ四三。遺一九ノ二四。縮一二七八。類五〇五。 進上 高橋入道殿御返事              日蓮  我等が慈父大覚世尊は人寿百歳の時、中天竺に出現しましまして一切衆生のために一代聖教をとき給ふ。仏在世の一切衆生は、過去の宿習有て仏に縁あつかりしかば、すでに得道成ぬ。我滅後の衆生をばいかんがせんとなげき給しかば、八万聖教を文字となして、一代聖教の中に小乗経をば迦葉尊者にゆづり、大乗経並に法華経、涅槃等をば文殊師利菩薩にゆづり給ふ。但八万聖教の肝心法華経の眼目たる妙法蓮華経の五字をば迦葉、阿難にもゆづり給はず。又文殊、普賢、観音、弥勒、地蔵、龍樹等の大菩薩にもさづけ給はず。此等の大菩薩等ののぞみ(望)申せしかども仏ゆるし給はず。大地の底より上行菩薩と申せし老人を召いだして、多宝仏、十方の諸仏の御前にして、釈迦如来七宝の塔中にして、妙法蓮華経の五字を上行菩薩にゆづり給ふ。其故は我が滅後の一切衆生は皆我子也。いづれも平等に不便にをもうなり。しかれども医師の習ひ、病に随て薬をさづくる事なれば、我滅後五百年が間は迦葉、阿難等に小乗経の薬をもて一切衆生にあたへよ。次の五百年が間は、文殊師利菩薩、弥勒菩薩、龍樹菩薩、天親菩薩に、華厳経、大日経、般若経等の薬を一切衆生にさづけよ。我滅後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩、観世音菩薩、法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ。末法に入なば迦葉、阿難等、文殊、弥勒菩薩等、薬王、観音等のゆづられしところの小乗経、大乗経、並に法華経は文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。所謂病は重し薬はあさし。其時上行菩薩出現して、妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。其時一切衆生此の菩薩をかたきとせん。所謂さる(猿)のいぬ(犬)をみたるがごとく、鬼神の人をあだむがごとく、過去の不軽菩薩の一切衆生にのり(罵)あだまれしのみならず、杖木瓦礫にせめられしがごとく、覚徳比丘が殺害に及れしがごとくなるべし。其時は迦葉、阿難等も或は霊山にかくれ恒河に没し、弥勒、文殊等も或は都率の内院に入り或は香山に入せ給ひ、観世音菩薩は西方にかへり、普賢菩薩は東方にかへらせ給ふ。諸経は行ずる人はありとも守護の人なければ利生あるべからず。諸仏の名号は唱るものありとも天神これをかご(加護)すべからず。但小牛の母をはなれ金鳥のたか(鷹)にあへるがごとくなるべし。其時十方世界の大鬼神、一閻浮提に充満して四衆の身に入て、或は父母をがいし、或は兄弟等を失はん。殊に国中の智者げなる、持戒げなる僧尼の心に、此鬼神入て国主並に臣下をたぼらかさん。此時上行菩薩の御かび(加被)をかほりて、法華経の題目南無妙法蓮華経の五字計を一切衆生にさづけば、彼の四衆等並に大僧等、此の人をあだむ事、父母のかたき、宿世のかたき、朝敵、怨敵のごとくあだむべし。其時大なる天変あるべし。所謂日月蝕し、大なる彗星天にわたり、大地震動して水上の輪のごとくなるべし。其後は自界叛逆難と申て、国主、兄弟並に国中の大人をうちころし、後には佗国侵逼難と申て鄰国よりせめられて、或はいけどりとなり或は自殺をし国中の上下万民皆大苦に値べし。此ひとへに上行菩薩の菩薩のかび(加被)をかをほりて、法華経の題目をひろむる者を、或はのり(罵)或はうちはり、或は流罪し或は命をたちなんどするゆへに、仏前にちかひをなせし梵天、帝釈、日月、四天等の法華経の座にて、誓状を立てて法華経の行者をあだまん人をば、父母のかたきよりもなをつよくいましむべしとて、かうゆへなりとみへて候に、今日蓮日本国に生て一切経並に法華経の明鏡をもて、日本国の一切衆生の面に引向たるに寸分もたがはぬ上、仏の記し給し天変あり地夭あり。定て此国亡国となるべしとかねてしりしかば、これを国主に申ならば、国土安穏なるべくもたづねあきらむべし。亡国となるべきならばよも用じ。用ぬ程ならば日蓮は流罪、死罪となるべしとしりて候しかども、仏いましめて云「此事を知ながら身命ををしみて、一切衆生にかたらずば、我が敵たるのみならず一切衆生の怨敵なり。必ず阿鼻大城に堕べし」と記し給へり。此に日蓮進退わづらひて、此事を申ならば我身いかにもなるべし。我身はさてをきぬ。父母、兄弟並に千万人の中にも、一人も随ものは国主、万民にあだまるべし。彼等あだまるるならば仏法はいまだわきまへず、人のせめはたへがたし。仏法を行ずるは安穏なるべしとこそをもうに、此の法を持によて大難出来するはしんぬ。此法を邪法なりと誹謗して悪道に堕べし。此も不便なり。又此を申ずば仏誓に違する上一切衆生の怨敵なり。大阿鼻地獄疑なし。いかんがせんとをもひしかども、をもひ切て申出ぬ。申始し上は、又ひきさすべきにもあらざれば、いよいよつより申せしかば、仏の記文のごとく国主もあだみ万民もせめき。あだをなせしかば天もいかり(瞋)て日月に大変あり、大せいせい(彗星)も出現しぬ。大地もふり(震)かへしぬべくなりぬ。どしうち(同士打)もはじまり、佗国よりもせめるなり。仏の記文すこしもたがわず。日蓮が法華経の行者なる事も疑はず。但去年かまくら(鎌倉)より此ところへにげ入候し時、道にて候へば各各にも申べく候しかども申事もなし。又先度の御返事も申候はぬ事は、べち(別)の子細も候はず。なに事にか各各をばへだてまいらせ候べき。あだをなす念仏者、禅宗、真言師等をも並に国主等もたすけんがためにこそ申せ。かれ等のあだをなすは、いよいよ不便にこそ候へ。まして一日も我かた(方)とて心よせなる人人は、いかでかをろか(疎)なるべき。世間のをそろしさに妻子ある人人のとをざかるをば、ことに悦ぶ身なり。日蓮に付てたすけ(助)やりたるかたわなき上、わづかの所領をも召るならば、子細もしらぬ妻子、所従等がいかになげかんずらんと心ぐるし。而も去年の二月に御勘気をゆりて三月の十三日に佐渡の国を立、同月の二十六日にかまくらに入る。同四月の八日平左衛門尉にあひたりし時、やうやうの事どもとひし中に蒙古国はいつよす(寄)べきと申せしかば、今年よすべし。それにと(取)て日蓮はなし(離)て日本国にたすくべき者一人もなし。たすからんとをもひしたう(慕)ならば、日本国の念仏者と禅と律僧等が頸を切てゆい(由比)のはま(浜)にかくべし。それも今はすぎぬ。但皆人のをもひて候は、日蓮をば念仏師と禅と律をそしるとをもひて候。これは物のかずにてかずならず。真言宗と申宗がうるわし(麗)き日本国の大なる呪咀の悪法なり。弘法大師と慈覚大師此事にまどひて此国を亡さんとするなり。設ひ二年、三年にやぶるべき国なりとも、真言師にいのらする程ならば一年、半年に、此くにせめらるべしと申きかせて候き。たすけんがために申を此程あだまるる事なれば、ゆり(赦免)て候し時、さど(佐渡)の国よりいかなる山中海辺にもまぎれ入べかりしかども、此事をいま一度平左衛門に申きかせて、日本国にせめのこされん衆生をたすけんがために、のぼりて候き。又申きかせ候し後は、かまくらに有べきならねば、足にまかせていでしほどに、便宜にて候しかば設ひ各各はいとはせ給とも、今一度はみたてまつらんと千度をもひしかども、心に心をたたかい(煩悶)てすぎ候き。そのゆへはするが(駿河)の国は守殿の御領、ことにふじ(富士)なんどは、後家尼ごぜんの内の人人多し。故最明寺殿、極楽寺殿のかたきといきどをら(憤)せ給なれば、ききつけられば各各の御なげきなるべしと、をもひし心計なり。いまにいたるまでも不便にをもひまいらせ候へば、御返事までも申ず候き。この御房たちのゆきすり(通行)にもあなかしこ、あなかしこ。ふじ(富士)かじま(賀島)のへんへ立よるべからずと申せども、いかが候らんとをぼつかなし。ただし真言の事ぞ御不審にわたらせ給候らん。いかにと法門は申とも御心へあらん事かたし。但眼前の事をもて知しめせ。隠岐法皇は人王八十二代、神武よりは二千余年、天照太神入かわらせ給て人王とならせ給ふ。いかなる者かてきすべき上、欽明より隠岐の法皇にいたるまで漢土、百済、新羅、高麗よりわたり来る大法、秘法、叡山、東寺、園城、七寺、並に日本国にあがめをかれて候。此は皆国を守護し、国主をまほらんため也。隠岐の法皇世をかまくらにとられたる事を口をしとをぼして、叡山、東寺等の高僧等をかたらひて、義時が命をめしとれと行ぜし也。此事一年、二年ならず数年調伏せしに権大夫殿はゆめゆめしろしめさざりしかば一法も行じ給はず。又行ずとも叶べしともをぼへずありしに、天子いくさ(軍)にまけさせ給て、隠岐国へつかはされさせ給ふ。日本国の王となる人は、天照太神の御魂の入かわらせ給王也。先生の十善戒の力といひ、いかでか国中の万民の中にはかたぶくべき。設ひとが(失)ありともつみ(罪)あるをや(親)を失なき子のあだむにてこそ候ぬらめ。設ひ親に重罪ありとも子の身として失に行はんに、天うけ給べしや。しかるに隠岐の法皇のはぢ(恥)にあはせ給しはいかなる大禍ぞ。此ひとへに法華経の怨敵たる、日本国の真言師をかたらはせ給しゆへなり。一切の真言師は潅頂と申て、釈迦仏等を八葉の蓮華にかき(書)て、此を足にふみて秘事とするなり。かゝる不思議の者ども諸山、諸寺の別当とあをぎてもてなすゆへに、たみの手にわたりて現身にはぢにあひぬ。此大悪法又かまくらに下て御一門をすかし、日本国をほろぼさんとする也。此事最大事なりしかば弟子等にもかたらず、只いつはりをろかにて念仏と禅等計をそしりてきかせし也。今は又用られぬ事なれば身命もおしまず弟子どもにも申也。かう申せばいよいよ御不審あるべし。日蓮いかにいみじく尊くとも慈覚、弘法にすぐるべきか。この疑すべてはる(晴)べからず。いかにとかす(解)べき。但し皆人はにくみ候に、すこしも御信用のありし上、此までも御たづねの候は只今生計の御事にはよも候はじ、定て過去のゆへ歟。御所労の大事にならせ給て候なる事、あさまししく候。但しつるぎはかたきのため、薬は病のため。阿闍世王は父をころし仏の敵となれり。悪瘡身に出て後、仏に帰伏し法華経を持ちしかば、悪瘡も平愈し寿をも四十年のべたりき。而も法華経は「閻浮提人病之良薬」とこそとかれて候へ。閻浮の内の人、病の身なり。法華経の薬あり。三事すでに相応しぬ、一身いかでかたすからざるべき。但し御疑のわたり候はんをば力をよばず。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。 覚乗房、はわき(伯耆)房に度度よませてきこしめせ、きこしめせ。 七月十三日                   日蓮花押 進上 高橋六郎兵衛入道殿御返事 (啓三五ノ三七。鈔二五ノ一四。語五ノ一四。拾七ノ五七。扶一四ノ五三。)