華果成就御書
執筆年:弘安元
華果成就御書(清澄第六書)(与浄顕房義浄房書)
弘安元年四月。五十七歳作。
外二五ノ三〇。遺二四ノ五四。縮一七二四。類七九六。 其後なに事もうちたへ申し承はらず候。さては建治の比、故道善房聖人のために二札かきつかはし奉り候を、山高き森にてよませ給て候よし悦び入候。たとへば根ふかきとき(時)んば枝葉かれず、源に水あれば流かはかず。火はたきぎ(薪)かく(欠)ればたへぬ。草木は大地なくして生長する事あるべからず。日蓮法華経の行者となつて、善悪につけて日蓮房、日蓮房とうたはるる。此御恩さながら故師匠道善房の故にあらずや。日蓮は草木の如く師匠は大地の如し。彼地涌の菩薩の上首四人にてまします。「一名上行、乃至四名安立行菩薩」云云。末法には上行出世し給はば安立行菩薩も出現せさせ給べき歟。さればいね(稲)は華果成就すれども、必ず米の精大地にをさまる。故にひつぢ(再苗)おひ(生)いでて二度華果成就するなり。日蓮法華経を弘る功徳は必ず道善房の身に帰すべし。あらたうと(貴)、たうと。よき弟子をもつ(持)ときんば師弟仏果にいたり、あしき弟子をたくはひぬれば、師弟地獄にをつといへり。師弟相違せばなに事も成べからず。委くは又又申べく候。常にかたりあわせ(語合)て、出離生死して同心に霊山浄土にてうなづき(頷)かたり給へ。経に云「示衆有三毒、又現邪見相我弟子如是方便度衆生」云云。前前申すが如く御心得あるべく候。穴賢穴賢。
弘安元年戊寅卯月 日 日蓮花押
浄顕房
義浄房
(考八ノ四九。)