経王殿御返事

執筆年:文永十
経王殿御返事(第三書)(報四条氏書)      文永十年八月。五十二歳作。      外二二ノ一四。遺一五ノ七。縮九八五。類八六一。 其後御をとづれ(音信)きかまほしく候つるところに、わざ(態)と人ををくり給候。又何よりも重宝たるあし(銭)山海を尋るとも、日蓮が身には時に当りて大切に候。夫について経王御前の事、二六時中に日月天に祈り申候。先日のまほり(守)暫時も身をはなさずたもち給へ。其本尊は正法、像法二時には習へる人だにもなし。ましてかき顕し奉る事たえたり。師子王は前三後一と申てあり(蟻)の子を取らんとするにも又たけき(猛)ものを取らんとする時もいきをひ(勢)を出す事はただをなじき事也。日蓮守護たる処の御本尊をしたゝめ参らせ候事も師子王にをとるべからず。経に云く「師子奮迅之力」とは是也。又此曼荼羅能能信ぜさせ給べし。南無妙法蓮華経は師子吼の如し。いかなる病さはり(障)をなすべきや。鬼子母神、十羅刹女法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり。さいはい(幸)は愛染の如く、福は毘沙門の如くなるべし。いかなる処にて遊びたはふるともつゝが(恙)あるべからず。「遊行無畏如師子王」なるべし。十羅刹女の中にも皐諦女守護ふかかるべき也。但し御信心によるべし。つるぎ(剣)なんどもすゝまざる(不進)人のためには用る事なし。法華経の剣は信心のけなげ(勇)なる人こそ用る事なれ。鬼にかなぼう(鉄棒)たるべし。日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意は法華経也。日蓮がたましひは南無妙法蓮華経にすぎたるはなし。妙楽云く「顕本遠寿を以て其命と為す」と釈し給ふ。経王御前にはわざはひ(禍)も転じて幸となるべし。あひかまへて御信心を出し此御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき。「充満其願如清涼池現世安穏後生善処」疑なからん。又申候、当国の大難ゆり候はばいそぎいそぎ鎌倉へ上り見参いたすべし。法華経の功力を思ひやり候へば不老不死目前にあり。ただ歎く所は露命計也。天たすけ給へと強盛に申候。浄徳夫人龍女の跡をつがせ給へ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。あなかしこ、あなかしこ。   八月十五日               日蓮花押  経王御前御返事 (微下ノ一九。考八ノ七。)