窪尼御前御返事(与持妙尼書)

執筆年:弘安元
窪尼御前御返事(第一書)(三物書)(与持妙尼書)      弘安元年五月。五十七歳作。真蹟在安房保田妙本寺。      外五ノ一六。遺二四ノ五六。縮一七二六。類五八四。 粽五把、笋十本、千日ひとつゝ給畢ぬ。いつもの事に候へどもながあめ(長雨)ふりてなつ(夏)の日ながし。山はふかく、みち(路)しげければふみわくる人も候はぬに、ほとゝぎす(郭公)につけての御ひとこへ(一声)ありがたし、ありがたし。さてはあつわら(熱原)の事こんど(今度)をもつてをぼしめせ、さきもそら(虚)事なり。かうのとの(守殿)は人のいいしにつけてくはしく(委)もたづね(訊)ずして、此御房をながし(流)ける事あさましとをぼしてゆるさせ給ひてののちは、させるとが(科)もなくては、いかんが又あだ(怨)せらるべき。すへ(末)の人人の法華経を心にはあだめども、うへにそしらばいかんがとをもひて、事にかづけて人をあだむほどに、かへりてさきざきのそら事のあらわれ候ぞ。これはそらみげうそ(虚御教書)と申す事は、み(見)ぬさきよりすい(推)して候。さど(佐渡)の国にても、そらみげうそを三度までつくりて候しぞ。これにつけても上と国との御ためあはれなり。木のしたなるむし(虫)の木をくらひたうし、師子の中のむしの師子を食ひうしなふやうに、守殿の御をん(恩)にてすぐる人人が、守殿の御威をかりて一切の人人ををどしなやましわづらはし候うへ、上の仰とて法華経を失ひて国もやぶれ、主をも失ふて、返つて各各が身をほろぼさんあさましさよ。日蓮はいやしけれども、経は梵天、帝釈、日月、四天、天照太神、八幡大菩薩のまほらせ給ふ御経なれば、法華経のかたをあだむ人人は、剣をのみ(呑)火を手ににぎるなるべし。これにつけてもいよいよ御信用のまさらせ給ふ事、たうとく候ぞ、たうとく候ぞ。   五月三日                     日蓮花押    窪尼御返事 (考三ノ五。)