秋元殿御書(筒御器鈔)

執筆年:弘安三
筒御器鈔(秋元第二書)(秋元御書)      弘安三年一月。五十九歳作。与秋元太郎兵衛書。      内二一ノ一五。遺二八ノ五。縮一九二九。類六四五。 筒御器一具付三十並に盞付六十送給候畢。御器と申はうつはものと読候。大地くぼければ水たまる、青天浄ければ月澄り。月出ぬれば水浄し。雨降ば草木昌へたり。器は大地のくぼきが如し、水たまるは池に水の入が如し。月の影を浮ぶるは法華経の我等が身に入せ給ふが如し。器に四の失あり、一には覆と申てうつぶける也。又はくつがへ(覆)す、又は盞をおほふ也。二には漏と申て水もる也。三には汗と申てけがれたる也。水浄けれども糞の入たる器の水をば用る事なし。四には雑也。飯に或は糞、或は石、或は沙、或は土なんどを、雑へぬれば人食ふ事なし。器は我等が身心を表す。我等が心は器の如し。口も器、耳も器なり。法華経と申は仏の智慧の法水を、我等が心に入ぬれば、或は打返し或は耳に聞じと、左右の手を二の耳に覆ひ、或は口に唱へじと吐出しぬ。譬ば器を覆するが如し。或は少し信ずる様なれども、又悪縁に値て信心うすくなり、或は打捨て、或は信ずる日はあれども捨る月もあり、是は水の漏が如し。或は法華経を行ずる人の一口は南無妙法蓮華経、一口は南無阿弥陀仏なんど申は、飯に糞を雑へ 沙石を入たるが如し。法華経の文に、「但楽受持大乗経典乃至不受余経一偈」等と説は是也。世間の学匠は法華経に余行を雑へても苦しからずと思へり。日蓮もさこそ思候へども経文は爾らず。譬ば后の大王の種子を妊(姙)めるが、又民ととつげば王種と民種と雑りて、天の加護と氏神の守護とに捨てられ其国破るる縁となる。父二人出来れば、王にもあらず民にもあらず、人非人也。法華経の大事と申は是也。種、熟、脱の法門、法華経の肝心也。三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成給へり。南無阿弥陀仏は仏種にはあらず、真言五戒等も種ならず。能能此事を習ひ給べし、是は雑也。此覆、漏、汗、雑の四の失を離れて候器をば完器と申て、またき(全)器也。塹つゝみ(堤)漏らざれば水失る事なし。信心のこゝろ全ければ平等大慧の智水乾く事なし。今此筒の御器は固く厚く候上漆浄く候へば、法華経之御信力の堅固なる事を顕し給歟。毘沙門天は仏に四の鉢を進せて、四天下第一の福天と云はれ給ふ。浄徳夫人は雲雷音王仏に、八万四千の鉢を供養し進せて妙音菩薩と成給ふ。今法華経に筒御器三十、盞六十進せて、争か仏に成らせ給はざるべき。抑日本国と申は十の名あり。扶桑、野馬台、水穂、秋津洲等也。別しては六十六箇国、島二、長三千余里、広不定也。或は百里、或は五百里等。五畿七道、郡五百八十六、郷三千七百二十九、田代上田一万一千一百二十町、乃至八十八万五千五百六十七町。人数四十九億八万九千六百五十八人也。神社三千一百三十二社、寺一万一千三十七所。男十九億九万四千八百二十八人、女二十九億九万四千八百三十人也。其男の中に只日蓮第一の者也。何事の第一とならば、男女に悪まれたる第一の者也。其故は日本国に国多く人多と云へども、其心一同に南無阿弥陀仏を口ずさみとす。阿弥陀仏を本尊とし九方を嫌ひて西方を願ふ。設ひ法華経を行ずる人も、真言を行ふ人も戒を持つ者も、智者も愚人も、余行を傍として念仏を正とし罪を消さん。謀は名号也。故に或は六万、八万、四十八万返、或は十返、百返、千返也。而を日蓮一人、阿弥陀仏は無間の業、禅宗は天魔の所為、真言は亡国の悪法、律宗、持斎等は国賊也と申す故に、上一人より下万人に至るまで、父母の敵、宿世の敵、謀叛、夜討、強盗よりも、或は畏れ或は瞋り、或は詈り或は打つ。是を?る者には所領を与へ、是を讃むる者をば其内を出し、或は過料を引せ、殺害したる者をば褒美なんどせらるる上、両度まで御勘気を蒙れり。当世第一の不思議の者たるのみならず、人王九十代仏法渡ては七百余年なれども、かかる不思議の者なし。日蓮は文永の大彗星の如し、日本国に昔より無き天変也。日蓮は正嘉の大地震の如し、秋津洲に始ての地夭也。日本国に代始りてより已に謀叛の者二十六人。第一は大山の王子、第二は大石の山丸、乃至第二十五人は頼朝、第二十六人は義時也。二十四人は朝に責られ奉り獄門に首を懸られ山野に骸を曝す。二人は王位を傾け奉り国中を手に拳る。王法既に尽ぬ。此等の人人も日蓮が万人に悪まれたるに過ぎず。其由を尋ぬれば法華経には最第一の文あり。然を弘法大師は法華最第三、慈覚大師は法華最大二、智証大師は慈覚の如し。今叡山、東寺、園城寺之諸僧、法華経に向ては法華最第一と読ども其義をば第二、第三と読也。公家と武家とは子細は知しめさねども、御帰依の高僧等皆此義なれば師檀一同の義也。其外禅宗は教外別伝と云云。法華経を蔑如する言也。念仏宗は千中無一、未有一人得者と申す、心は法華経を念仏に対して挙て失ふ義也。律宗は小乗也。正法の時すら仏免し給事なし、況や末法に是を行じて国主を誑惑し奉るをや。姐己、妹喜、褒似之三女が、三王を誑かして代を失ひしが如し。かゝる悪法国に流布して法華経を失ふ故に、安徳、尊成等の大王、天照太神、正八幡に捨てられ給て、或は海に沈み或は島に放たれ給ふ、相伝の所従等に傾けられ給しは天に捨てられさせ給ふ故ぞかし。法華経の御敵を御帰依有しかども是を知人なければ其失を知事もなし。「智人は起を知り、蛇は自ら蛇を識る」とは是也。日蓮は智人に非ざれども、蛇は龍の心を知り、烏の世の吉凶を計るが如し。此事計を勘へ得て候也。此事を申ならば須臾に失に当るべし。申さずば又大阿鼻地獄に堕べし。法華経を習には三義あり、一には謗人、勝意比丘、苦岸比丘、無垢論師、大慢婆羅門等が如し。彼等は三衣を身に纏ひ一鉢を眼に当て、二百五十戒を堅く持て、而も大乗の讎敵と成て無間大城に堕にき。今日本国の弘法、慈覚、智証等は持戒は彼等が如く、智慧は又彼比丘に不異。但大日経真言第一、法華経第二、第三と申事、百千に一も日蓮が申様ならば無間大城にやおはすらん。此事は申も恐あり、増て書付までは如何と思ひ候へども、法華経最第一と説かれて候に、是を二、三等と読ん人を聞て人を恐れ国を恐れて申さずば、即是彼怨と申て一切衆生の大怨敵なるべき由、経と釈とにのせられて候へば申候也。人を恐れず代を憚からず云事、「我不愛身命但惜無上道」と申は是也。不軽菩薩の悪口杖石も佗事に非ず、世間を恐れざるに非ず、唯法華経の責の苦なれば也。例せば祐成、時宗が大将殿の陳(陣)の内を簡ざりしは、敵の恋しく恥の悲しかりし故ぞかし。此は謗人也。謗家と申は都て一期の間法華経を謗ぜず、昼夜十二時に行ずれども謗家に生ぬれば必ず無間地獄に堕つ。例せば勝意比丘、苦岸比丘之家に生て或は弟子と成り、或は檀那と成し者共が、心ならず無間地獄に堕たる是也。譬ば義盛が方の者、軍をせし者はさて置ぬ。腹の内に有し子も産を待たれず、母の腹を裂れしが如し。今日蓮が申す弘法、慈覚、智証の三大師の法華経を、正く無明の辺域、虚妄の法と被書候は、若法華経の文実ならば叡山、東寺、園城寺、七大寺、日本一万一千三十七所之寺寺の僧は、如何が候はんずらん。先例の如くならば無間大城疑なし。是は謗家也。謗国と申は謗法の者、其国に住すれば其一国皆無間大城になる也。大海へは一切の水集り、其国は一切の禍集る、譬ば山に草木の滋きが如し。三災月月に重なり、七難日日に来る。飢渇発れば其国餓鬼道と変じ、疫病重なれば其国地獄道となる。軍起れば其国脩羅道と変ず。父母、兄弟、姉妹を簡ばず妻とし夫と憑めば其国畜生道となる。死して三悪道に堕るにはあらず、現身に其国四悪道と変ずる也。此を謗国と申す。例せば大荘厳仏の末法、師子音王仏の濁世の人人の如し。又報恩経に説れて候が如んば、過去せる父母、兄弟、姉妹一切の人、死せるを食し又行たるを食す。今日本国亦復如是。真言師、禅宗、持斎等人を食する者国中に充満せり。是偏に真言の邪法より事起れり。龍象房が人を食しは万が一顕れたる也。彼に習て人の肉を或は猪、鹿に交へ、或は魚鳥に切雑へ、或はたゝき加へ或はすし(鮨)として売る。食する者不知数、皆天に捨られ、守護の善神に放されたるが故也。結句は此国佗国より責られ、自国どし(同士)打して此国変じて無間地獄と成べし。日蓮此大なる失を兼て見し故に与同罪の失を脱れんが為め、仏の呵責を思ふ故に知恩報恩の為め国の恩を報ぜんと思て、国主並に一切衆生に令告知也。不殺生戒と申は一切の諸戒の中の第一也。五戒の初にも不殺生戒、八戒、十戒、二百五十戒、五百戒、梵網の十重戒、華厳の十無尽戒、瓔珞経の十戒等の初には皆不殺生戒也。儒家の三千の禁の中にも大辟こそ第一にて候へ。其故は「遍満三千界無有直身命」と申て、三千世界に満る珍宝なれども命に替る事はなし。蟻子を殺者尚地獄に堕つ、況や魚鳥等をや。青艸を切者猶地獄に堕つ、況や死骸を切者をや。如是重戒なれども法華経の敵に成れば、此を害するは第一の功徳と説給也。況や供養を可展哉。故に仙予国王は五百人之法師を殺し、覚徳比丘は無量の謗法者を殺し、阿育大王は十万八千の外道を殺し給き。此等の国王比丘等は閻浮第一之賢王、持戒第一之智者也。仙予国王は釈迦仏、覚徳比丘は迦葉仏、阿育大王は得道の仁也。今日本国も又如是。持戒、破戒、無戒、王臣、万民を不論、一同の法華経誹謗之国也。設ひ身の皮をはぎて法華経を奉書、肉を積で供養し給とも必ず国も滅び身も地獄に堕給べき大なる科あり。唯真言宗、念仏宗、禅宗、持斎等の身を禁て法華経によせよ。天台六十巻を空に浮て、国主等には智人と被思人人の或は智の不及歟、或は知れども世を恐るる歟の故に、或は真言宗をほめ、或は念仏、禅、律等に同ずれば、彼等が大科には百千超て候。例せば成良、義村等が如し。慈恩大師は玄賛十巻を造て法華経を讃て地獄に堕つ。此人は太宗皇帝の御師、玄奘三蔵の上足、十一面観音の後身と申ぞかし。音は法華経に似たれども心は爾前の経に同ずる故也。嘉祥大師は法華玄十巻を造て既に無間地獄に堕べかりしが、法華経を読事を打捨て天台大師に仕しかば地獄の苦を脱れ給き。今法華宗の人人も又如是。比叡山は法華経の御住所、日本国は一乗の御所領也。而を慈覚大師は法華経の座主を奪取て真言の座主となし、三千の大衆も又其所従と成ぬ。弘法大師は法華宗の檀那にて御坐ます嵯峨の天皇を奪取て、内裏を真言宗の寺と成せり。安徳天皇は明雲座主を師として、頼朝の朝臣を調伏せさせ給し程に、右大将に被罰のみならず、安徳は西海に沈み、明雲は義仲に殺され給き。尊成王は天台座主慈円僧正、東寺、御室並に四十一人之高僧等を奉請し下し、内裏に大壇を立て義時、右京、権太夫殿を調伏せし程に、七日と申せし六月十四日に洛陽破て王は隠岐国、或は佐渡島に被遷、座主、御室は或は被責、或は思死に死給き。世間の人人此根源を知事なし。此偏に法華経、大日経之勝劣に迷へる故也。今も又日本国、大蒙古国の責を得て、彼不吉の法を以て御調伏を被行と承る。又日記分明也。此事を知ん人争か可不歎。悲哉、我等誹謗正法の国に生て大苦に値はん事よ。設ひ謗身は脱ると云とも謗家謗国の失如何せん。謗家の失を脱んと思はば父母、兄弟等に此事を語り申せ。或は被悪歟、或は信ぜさせまいらする歟。謗国之失を脱れんと思はば、国主を諌暁し奉りて死罪歟、流罪歟に可被行也。「我不愛身命、但惜無上道」と被説、「身軽法重、死身弘法」と被釈し是也。過去遠遠劫より今に仏に成らざりける事は、加様の事に恐て云出さざりける故也。未来も亦復可如是。今日蓮が身に当てつみ知れて候。設ひ此事を知る弟子等の中にも、当世の責のおそろしさと申し、露の身難消に依て、或は落ち、或は心計は信じ或はとかうす。御経の文に難信難解と被説候が、身に当て貴く覚え候ぞ。謗ずる人は大地微塵の如し。信ずる人は爪上の土の如し。謗ずる人は大海、進む人は一?。天台山に龍門と申所あり、其滝百丈なり。春の始に魚集りて此滝へ登るに、百千に一も登る魚は龍と成る。此滝の早き事矢にも過ぎ電光にも過たり。登がたき上に春の始に此滝に漁父集りて魚を取る、網を懸る事百千重、或は射て取り或は酌で取る。鷲、?、鴟、梟、虎、狼、犬、狐集りて昼夜に取り食ふ也。十年、二十年に一も龍となる魚なし。例せば凡下の者の昇殿を望み下女が后と成んとするが如し。法華経を信ずる事、此にも過て候と思食せ。常に仏禁めて言く、何なる持戒智慧高く御坐て、一切経並に法華経を進退せる人也とも、法華経の敵を見て責め罵り国主にも不申、人を恐て黙止するならば必ず無間大城に堕べし。譬ば我は謀叛を発さねども、謀叛の者を知て国主にも申さねば、与同罪、彼謀叛の者の如し。南岳大師の云「法華経の讎を見て呵責せざる者は謗法の者也。無間地獄の上に堕ん」と。見て申さぬ大智者は無間の底に堕て、彼地獄の有ん限は出べからず。日蓮此禁を恐るる故に、国中を責て候程に一度ならず流罪、死罪に及びぬ。今は罪も消え過も脱れなんと思て、鎌倉を去て此山に入て七年也。此山の為体日本国の中には七道あり。七道の内、東海道十五箇国。其内に甲州飯野、御牧、波木井三箇郷之内、波木井と申此郷之内、戌亥の方に入て二十余里の深山あり。北は身延山、南は鷹取山、西は七面山、東は天子山也。板を四枚つい立たるが如し。此外を回て四の河あり。従北南へ富士河、自西東へ早河、此は後也。前に西より東へ波木井河、中に一の滝あり、身延河と名けたり。中天竺之鷲峰山を此処に移せる歟。将又漢土の天台山の来る歟と覚ゆ。此四山、四河之中に手の広さ程の平かなる処あり。爰に庵室を結で天雨を脱れ、木の皮をはぎて四壁とし、自死の鹿の皮を衣とし、春は蕨を折て身を養ひ、秋は果を拾て命を支へ候つる程に、去年十一月より雪降り積て改年の正月今に絶る事なし。庵室は七尺、雪は一丈、四壁は冰を壁とし、軒のつらゝ(氷柱)は道場荘厳の瓔珞の玉に似たり。内には雪を米と積む。本より人も来らぬ上雪深して道塞がり、問人もなき処なれば、現在に八寒地獄の業を身につぐのへり。生ながら仏には成ずして、又寒苦鳥と申鳥にも相似たり。頭は剃事なければうづら(鶉)の如し。衣は冰にとぢられて鴛鴦の羽を冰の結べるが如し。かゝる処へは古へ昵びし人も不問、弟子等にも捨られて候つるに、此御器を給て雪を盛て飯と観じ、水を飲でこんず(漿)と思ふ。志のゆく所思遣せ給へ。又又可申候。恐恐謹言。 弘安三年正月二十七日                    日蓮花押 秋元太郎兵衛殿御返事 (啓二九ノ四一。鈔一八ノ二二。語三ノ四六。記下ノ一九。拾五ノ二七。扶一一ノ一七。)