法華行者値難事

執筆年:文永十一
真筆あり
 法華経の第四に云く_如来現在。猶多怨嫉。況滅度後〔而も此の経は如来の現在すら猶お怨嫉多し、況んや滅度の後をや〕等云云。同第五に云く_一切世間。多怨難信〔一切世間に怨多くして信じ難く〕等云云。涅槃経三十八に云く_爾時外道有無量人 ○心生瞋恚〔爾時に外道に無量人有り ○心に瞋恚を生ず〕等云云。又云く_爾時多有無量外道和合共往摩訶陀国王阿闍世 ○今者唯有一大悪人瞿曇沙門。王未・・。我等甚畏。一切世間悪人為利養故往集其所而為眷属。乃至 迦葉及舎利弗目・連等〔爾の時に多く無量の外道有って和合して共に摩訶陀の国王阿闍世の前に往く。○今は唯一の大悪人有り、瞿曇沙門なり。王、未だ・・せず。我等甚だ畏る。○一切世間の悪人、利養の為の故に其の所に往集して、而も眷属と為て 乃至 迦葉及び舎利弗・目・連等を調伏す〕云云。 得一大徳、天台智者大師を罵詈して曰く ̄智公汝是誰弟子。以不足三寸舌根而謗覆面舌之所説教時〔咄哉、智公汝は是れ誰が弟子ぞ。三寸に足らざる舌根を以て覆面舌之所説の教時を謗ず〕等云云。又云く ̄豈不是顛狂人哉〔豈に是れ顛狂の人にあらずや〕等云云。南都七大寺の高徳等護命僧都・景信律師等三百余人、伝教大師を罵詈して曰く ̄西夏有鬼弁婆羅門。東土吐巧言禿頭沙門。此乃物類冥召誑惑世間〔西夏に鬼弁婆羅門有り、東土に巧言を吐く禿頭沙門あり。此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑す〕等云云。 秀句に云く ̄浅易深難釈迦所判。去浅就深丈夫之心也。天台大師信順釈迦 助法華宗敷揚震旦 叡山一家相承天台 助法華宗弘通日本〔浅は易く深は難しとは釈迦の所判なり。浅を去て深に就くは丈夫之心なり。天台大師は釈迦に信順し法華宗を助けて震旦に敷揚し、叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す〕等云云。  夫れ、在世と滅後正像二千年と之間に法華経に行者唯三人有り。所謂仏と天台・伝教と也。真言宗の善無畏・不空等、華厳宗の杜順・智儼等、三論法相等の人師等は実教の文を会して権の義に順ぜしむる人々也。龍樹・天親等の論師は内に鑒みて外に発せざる論師也。経の如く宣伝すること正法の四依も天台・伝教には如かず。而るに仏記の如くんば、末法に入て法華経の行者有るべし。其の時の大難在世に超過せん云云。仏に九横の大難有り。所謂、孫陀梨謗・金鏘〈こんず〉・馬麥・琉璃殺釈・乞食空鉢・旃遮女謗・調達推山・寒風索衣等なり。其の上一切の外道の讒奏上に引くが如し。記文の如くんば、天台・伝教も仏記に及ばず。之を以て之を案ずるに、末法の始めに仏説の如く行者世に出現せんか。  而るに文永十年十二月七日、武蔵の前司殿より佐渡の国へ下す状に云ふ。自判之有り。 佐渡国流人僧日蓮引率弟子等 巧悪行之由有其聞所行之企甚奇怪也。自今以後、於相随彼僧之輩者可令加炳誡。猶以令違犯者可被注進交名之由所候也。仍執達如件。〔佐渡の国の流人の僧、日蓮弟子等を引率し、悪行を巧むの由、其の聞こえ有り。所行の企て甚だ奇怪なり。今より以後、彼の僧に相随はんの輩に於ては、炳誡を加へしむえし。猶お以て違犯せしめば、交名を注進せらるべきの由候所也。仍て執達件の如し〕 文永十年十二月七日 沙門 観恵 上 依智六郎左衛門尉殿 等云云。此の状に云く 巧悪行等云云。外道が云く 瞿曇は大悪人なり等云云。又九横の難一々之在り。所謂琉璃殺釈・乞食空鉢・寒風索衣とは、仏世に超過せる大難也。恐らくは天台・伝教も未だ此の難に値ひたまはず。当に知るべし、三人に日蓮を入れて四人と為して、法華経の行者末法に有るか。喜ばしいかな、況滅度後の記文に当れり。悲しいかな、国中の諸人阿鼻獄に入らんこと。茂きを厭ひて子細に之を記さず。心を以て之を惟へ。 追伸。龍樹・天親は共に千部の論師也。但権大乗を申べて法華経をば心に存じて口に吐きたまはず[此れに口伝有り]。天台・伝教は之を宣べて、本門の本尊と四菩薩と戒壇と南無妙法蓮華経の五字と、之を残したまふ。所詮一には仏授与したまはざるか。故に二には時機未熟の故也。今既に時来れり。四菩薩出現したまはんか。日蓮此の事先づ之を知りぬ。西王母の先相には青鳥、客人の来相には・鵲是れ也。各々我が弟子たらん者は、深く此の由を存ぜよ。設ひ身命に及ぶとも退転すること莫れ。 富木 三郎左衛門尉 河野辺等。大和阿闍梨等、殿原御房達、各々互いに読み聞きまいらせさせ給へ。かゝる浮き世には互いにつねにいゐあわせてひま(間)もなく後世ねがわせ給ひ候へ。 河野辺殿等中 大和阿闍梨御房等中 一切我弟子等中 三郎左衛門尉殿 日 蓮 花押 謹上 富木殿