法華経二十重勝諸経義

執筆年:建治三
法華経二十重勝諸経義(原文漢文)(与大内氏書)      建治三年。五十六歳著。与西山氏書。      外二二ノ二四。遺二四ノ一。縮一六六六。類一三一六。 南無妙法蓮華経。東春に云く、問ふ、何が故ぞ経を謗じて無間に入るや。答ふ、一乗は是極楽の経なり。極妙の法を謗ずるが故に極苦の処を感ずるなり。初めには極法及以尊人を謗ずる故に賎獣の報を受く。二には平等大慧の経を謗ずる故に愚獣の報を受く。三には仏に権、実の二教有り、権に執じて而も実を破る故に一目の報を得。四には法を謗り人を毀るの時、心に瞋恚を生ずる故に蛇身の報を受く。経に其形長大とは大法を瞋る故に大苦の身報を受く。対つて法を聞かざる故に聾病の報を受く。行法を受けざる故に無足の報を受く。愚痴にして経を謗ずる故に暗鈍の報を得。?慢の心にして謗ずる故に挫陋の報を得。微妙の法を謗ずる故に醜陋の報を得。正直の経を謗ずる故に背傴の報を得。経に貧窮下賎為人所使とは経に万徳を備ふるを福貴と為す。富貴の経を謗ずる故に貧賎の報を得。一乗に乗じて四方に遊び大自在を得。今自在の経を謗ずる故に不自在の報を得る、故に人の為に使はると云ふ。此経は能凡夫、二乗、菩薩の病を破る。下の経に「若人有病病即消滅」と云ふ。無病の経を謗ずる故に多病の報を得。記の四に云く「今義に依り文に附するに略して十双有り以て異相を弁ず。一には二乗に近記を与へ、二には如来の遠本を開し。三には随喜は第五十の人を歎じ、四には聞益は一生補処に至る。五には釈迦は五逆の調達を指して本師と為し、六には文殊は八歳の龍女を以て所化と為す。七には凡そ一句を聞くにも咸く授記を与ふ、八には経名を守護するに功量るべからず。九には品を聞て受持すれば永く女質を辞す、十には若し聞て読誦すれば老いず死なず。十一には五種の法師は現に相似を獲、十二には四安楽行は夢に銅輪に入る。十三には若し悩乱する者は頭七分に破れ、十四には供養すること有る者は福十号に過たり。十五には況や已、今、当は一代に絶えたる所なり、十六には其教法を歎ずるに十喩をもつて称揚す。十七には地従り涌出せるを阿逸多一人をも識らず。十八には東方の蓮華をば龍尊王未だ相本を知らず。十九には況や迹化には三千の墨点を挙げ、二十には本成をば五百の微塵に喩へたり。本、迹の事の希なる諸経に説かず」と云云。一に二乗に近記を与ふとは経に云く「舎利弗汝於未来世過無量無辺不可思議劫、供養若干千億仏奉持正法具足菩薩所行之道当得作仏。号曰華光如来○国名離垢」。私に云く、三周の声聞の授記に総、別有り。経の第五に云く「我先総説一切声聞皆已授記」文。弘決の六に云く「遍く法華已前の諸経を尋ぬるに、実に二乗作仏の文無し」云云。二に如来の遠本を開すとは、経に云く「我実成仏已来無量無辺百千万億那由佗劫、譬如五百千万億那由佗阿僧祇三千大千世界仮使有人抹為微塵」。三に随喜は第五十の人を歎ずとは、経に云く「不如是第五十人聞法華経一偈随喜功徳、百分千分百千万億分不及其一乃至算数譬喩所不能知」委しくは経の如し。四に聞益は一生補処に至るとは、経に云く「復有一四天下微塵数菩薩摩訶薩、一生当得阿耨多羅三藐三菩提」。五に釈迦は五逆の調達を指して本師と為すとは、経に云く「爾時王者則我身是、時仙人者今提婆達多是、由提婆達多善知識故令我具足六波羅密」。六に文殊は八歳の龍女を以て所化と為すとは、経に云く「文殊師利言有、娑竭羅龍王女○於刹那頃発菩提心○得不退転、慈悲仁譲志意和雅能至菩提」。七に凡そ一句を聞くにも咸く授記を与ふとは、経に云く「聞妙法華経乃至一偈一句一念随喜者、我皆与授記当得阿耨多羅三藐三菩提、又如来滅度之後若有人、聞妙法華経乃至一偈一句、一念随喜者我亦与授阿耨菩提記」云云。八に経名を守護するに功量るべからずとは、陀羅尼品に云く「汝等但能擁護受持法華名者福不可量」。九に品を聞て受持せば永く女質を辞すとは、薬王品に云く「若有女人聞是薬王菩薩本事品、能受持者尽是女身後不復受」。十に若し聞いて読誦せば老いず死なずとは、七の巻に云く「若人有病得聞是経、病即消滅不老不死」。十一に五種法師は現に相似を護るとは、経の六に云く「若読若誦若解説若書写、是人当得八百眼功徳、千二百耳功徳、八百鼻功徳、千二百舌功徳、八百身功徳、千二百意功徳、以是功徳荘厳六根皆令清浄」云云。十二に四安楽行は夢に銅輪に入るとは、経に云く「又見自身在山林中、修習善法、証諸実相、深入禅定、見十方仏」。又云く「夢作国王捨宮殿眷属及上妙五欲行詣於道場、在菩提樹下而処師子座求道過七日得諸仏之智」十三に若し悩乱する者は頭七分に破るとは、陀羅尼品に云く「若不順我呪悩乱説法者頭破作七分如阿梨樹枝」。十四に供養すること有る者は福十号に過ぐとは、経に云く「有人求仏道而於一劫中合掌在我前、以無数偈讃。由是讃仏故得無量功徳、歎美持経者其福復過彼」。十五に況や已今当は一代に絶えたる所とは、経に云く「已説今説当説、而於其中、此法華経最為難信難解」。又云く「薬王今告汝、我所説諸経、而於此経中法華最大一」云云。十六に其教法を歎ずるに十喩を以て称揚すとは、薬王品に云く「譬如一切川流江河諸水之中海為第一。衆山之中須弥山為第一、衆山之中月天子日天子転輪聖王帝釈大梵天王一切凡夫聖人四果支仏声聞辟支仏中菩薩仏」。十七に地従り涌出せるをば阿逸多一人をも識らずとは、涌出品に云く「四方地震裂皆従中涌出。世尊我昔来未曽見是事、○我於此衆中乃不識一人、忽然従地出願説其因縁」。十八に東方の蓮華をば龍尊王未だ相本を知らずとは、妙音品に云く「妙音菩薩不起于座身不動揺而入三昧。以三昧力化作八万四千衆宝蓮華。○爾時文殊師利法王子見是蓮華而白仏言、世尊是何因縁先現此瑞」。十九に況や迹化には三千の黒点を挙ぐとは、化城喩品に云く「譬如三千大千世界所有地種。仮使有人磨以為墨過於東方千国土乃下一点、大如微塵。又過千国土復下一点。彼仏滅度已来復過是数」。二十に本成功をば五百の微塵に喩ふとは、経に云く「我実成仏已来無量無辺百千万億那由佗劫。譬如五百千万億那由佗阿僧祇三千大千世界尽以為塵一塵一劫」云云。涅槃経に云く「除此正法更無救護、是故応当還帰正法」。釈に云く「妙法の外更に余経無く、唯だ一乗の法のみ有りて更に余乗無し」云云。釈に云く「諸法実相を除きて余は皆魔事と名く」。  建治三年丁丑                 日蓮 花押  西山殿 (微下ノ二〇。考八ノ一三。)