治部房御返事

執筆年:弘安四
治部房御返事(門弟第廿八書)      弘安四年八月。六十歳作。      外四ノ二七〇。遺三〇ノ二〇。縮二〇六六。類七八七。 白米一斗、茗荷の子、はじかみ(生薑)一つと(苞)送給候畢ぬ。仏には春の花秋の紅葉、夏の清水冬の雪を進せて候人人皆仏に成せ給ふ。況や上一人は寿命を持せ給ひ、下万民は珠よりも重し候稲米を、法華経にまいらせ給人争か仏に成ざるべき。其上世間に人の大事とする事は主君と父母との仰なり。父母の仰を背けば不孝の罪に堕て天に捨られ、国主の仰を用ざれば違勅の者と成て命をめさる。されば我等は過去遠遠劫より菩提をねがひしに、或は国をすて或は妻子をすて或は身をすてなんどして、後生菩提をねがひし程に、すでに仏になり近づきし時は、一乗妙法蓮華経と申御経に値まいらせ候し時は、第六天の魔王と申三界の主をはします。すでに此もの仏にならんとするに二の失あり。一には此もの三界を出るならば我所従の義をはなれなん。二には此もの仏になるならば、此ものが父母兄弟等も又娑婆世界を引越しなん。いかがせんとて身を種種に分て、或は父母につき或は国主につき、或は貴き僧となり或は悪を勧め、或はおどし或はすかし、或は高僧或は大僧、或は智者或は持斎等に成て、或は華厳或は阿含、或は念仏或は真言等を以て法華経にすすめ、かへて仏になさじとたばかり候なり。法華経第五の巻には末法に入ては、大鬼神第一には国王、大臣、万民の身に入て、法華経の行者を或は罵り或は打ち切て、それに叶はずんば無量無辺の僧と現じて、一切経を引てすかすべし。それに叶はずんば二百五十戒、三千の威儀を備へたる大僧と成て、国主をすかし国母をたぼらかして、或はながし(流罪)或はころしなんどすべしと説れて候。又七の巻の不軽品、又四の巻の法師品、或は又二の巻の譬喩品、或は涅槃経四十巻、或は守護経等に委細に見へて候が、当時の世間に少しもたがひ候はぬ上、駿河国賀島荘は殊に目前に身にあたらせ給て覚へさせ給候らん。佗事には似候はず、父母、国主等の法華経を御制止候を用候はねば、還て父母孝養となり、国主の祈りとなり候ぞ。其上日本国はいみじき国にて候。神を敬ひ仏を崇る国なり。而ども日蓮が法華経を弘通し候を、上一人より下万民に至まで御あだみ候故に、一切の神を敬ひ一切の仏を御供養候へども、其功徳還て大悪となり。やいと(灸治)の還て悪瘡となるが如く、薬の還て毒となるが如し。一切の仏神等に祈り給ふ御祈は還て科と成て、此国既に佗国の財と成候。又大なる人人皆平家の亡びしが様に、百千万億すぎての御歎たるべきよし、兼てより人人に申聞せ候畢ぬ。又法華経をあだむ人の科にあたる分斉をもて、還て功徳となる分斉をも知せ給べし、例せば父母を殺す人は何なる大善根をなせども、天是を受け給事なし。又法華経のかたきとなる人をば父母なれども殺しぬれば、大罪還て大善根となり候。設ひ十方三世の諸仏の怨敵なれども法華経の一句を信じぬれば、諸仏捨て給事なし。是を以て推せさせ給へ。御使いそぎ候へば委くは申さず候。又又申すべく候。恐恐謹言。   八月二十二日                日蓮花押    治部房御返事 (微上ノ一〇。考二ノ四四。)#0411-300 南条兵衛七郎殿御返事(鶏冠書)弘安四(1281.09・11) 南条兵衛七郎殿御返事(上野第卅五書)(鶏冠書)      弘安四年九月。六十歳作。      内二二ノ二八。遺三〇ノニニ。縮二〇六九。類六二二。 御使の申候を承り候。是の所労難儀のよし聞候。いそぎ療治をいたされ候て可有御参詣候。 塩一駄、大豆一俵、とつさか(鶏冠菜)一袋、酒一筒給候。上野国より御帰宅候後未入見参候。牀敷存候し処に品品の物ども取副候て、御音信に預候事申尽難き御志にて候。今申せば事新に相似て候へども、徳勝童子は仏に土の餅を奉て、阿育大王と生て南閻浮提を大体知行すと承り候。土の餅は物ならねども仏のいみじく渡せ給へばかくいみじき報を得たり。然に釈迦仏は我を無量の珍宝を以て億劫の間供養せんよりは、末代の法華経の行者を一日なりとも供養せん功徳は、百千万億倍過ぐべしとこそ説せ給て候に、法華経の行者を心に入て数年供養し給事難有御志哉。如金言者定て後生は霊山浄土に生れ給べし、いみじき果報なる哉。其上此処は人倫を離れたる山中也。東西南北を去て里もなし。かゝるいと心細き幽窟なれども、教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処也。舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊と申は是也。神力品に云「若於林中若於樹下若於僧坊乃至而般涅槃」云云。此砌に望まん輩は無始の罪障忽に消滅し、三業の悪転じて三徳を成ぜん。彼中天竺の無熱池に臨し悩者が「心中の熱気を除愈(瘉)して其願を充満すること清涼池の如し」とうそぶき(嘯)しも、彼此異なりといへども、其意は争か替るべき。彼月氏の霊鷲山は本朝此身延の嶺也。参詣遥に中絶せり。急急に可企来臨。是にて待入て候べし。哀哀申しつくしがたき御志かな、御志かな。  弘安四年九月十一日               日蓮花押   南条兵衛七郎殿御返事 (啓三〇ノ一。鈔一八ノ二六。音下ノ二九。語三ノ五二。記下ノ二一。扶一一ノ三三。)