授職潅頂口伝鈔
授職潅頂口伝鈔(原文漢文)
文永十一年二月。五十三歳著。
外一八ノ二〇。遺一六ノ四。縮一〇二七。類七〇二。 日蓮撰之
大乗真実の門跡秘伝の肝心、成仏の落居、真実の口伝なり、門跡とは霊山浄土釈迦如来の門跡なり。夫れ親り霊山浄土の二処三会の説を聞くに、本迹二門二十八品は真実の経なり。所謂二十八品一一文文是真仏にして三身即一、法、報、応の三身なり。問ふ、一経は二十八品なり。毎日の勤行、我等の堪へざる所なり。如何に之を読誦せんや。答ふ、二十八品本迹の高下、勝劣、浅深は教相の所談なり。今は此義を用ひず。仍て二経の肝心は迹門の方便品、本門の寿量品なり。天台、妙楽の云く「迹門の正意は実相を顕すに在り、本門の正意は寿の長遠を顕す」云云。問ふ、方便、寿量の二品の功徳の法門如何が意得べきや。答ふ、先づ方便品の教相を言はゞ、此品の肝要は界、如、実相の法を説いて三諦即是の悟を得せしむるを詮と為す。彼の十如の中には相、性、体の三如是を以て正体と為す。次の如く仮、空、中の三諦、応、報、法の三身なり。余の七如是は彼の相、性、体の作用なり。住前、住上の一心三観は此品を悟らしむ。四十一位に皆仏界の智あり。其智慧漸く増長とて本末究竟の位に住するなり。此相、性、体の三は能観に約せば一心三観、所観に約せば三身の覚体なり。迹門は始覚の三観三身、本門は無作の三観三身なり。心を止めて之を案ずべし。迹門は従因向果、十如、十界の成仏、三周の声聞等是なり。本門は此十如、十界は従本垂迹、無作の十界は普現難思の行相なるべし。然れば則ち此品の十如、十界の悟は本迹二門に通ぜしむるなり已上教相の所談なり。次に南無妙法蓮華経方便品の観心とは、一心の妙法蓮華経の方便品なるが故に三種の方便には絶待対不思議の秘妙の方便即ち我等が一心なり。十如実相も衆生の心法なり。五仏の開権顕実も我等が一念なり。仏知見に開示悟入するなり。五乗の開会も我等が一念なり。管絃歌舞の曲も起立塔像の善も皆悉く我等が一心の妙法の方便なり。南無霊山浄土釈迦牟尼如来の方便品、南無五仏顕一の方便品、南無三種の方便品、南無十如、十界、実相の方便品。実相は必ず諸法、諸法は必ず十如、十如は必ず十界、十界は必ず身土なり、甚深なり。次に南無妙法蓮華経如来寿量品。夫れ二十八品は両箇大事の得益なり。所謂一心三観と無作三身なり。而るに此品より以前の十四品は一心三観を以て始覚の三身を成ず。此品より以下の十四品は彼の成ずる所の三身三観を本覚無作と明す、故に法華一部の大綱は衆生をして成仏せしむる行果は此両箇を出でず、故に品品の肝心は別の才覚なきなり。此上に迹門の境智、本門の境智、本迹不二の境智冥合之を思ふて定むべし。右此品の肝要は釈尊の無作三身を明して弟子の三身を増進せしめんと欲す。今の疏に云く「今正しく本地三仏の功徳を詮量す。故に如来寿量品と言ふなり」已上文。此三身は無始本覚の三身なりと雖も、且く五百塵点劫の成仏を立つ。三身即三世常住なり。今弟子の始覚の三身も亦我が如く顕して三世常住の無作を成ずべきなり。次に此品の観心とは妙法一心の如来寿量品なるが故に我等凡夫の一念なり。一念は即ち如来久遠の本寿本地、無作の三身、本極法身の本因本果の如来なり。所居の土は常在霊山四土具足の本国土妙なり。又釈尊と我等とは本地一体不二の身なり。釈尊と法華経と我等との三は全体不思議の一法にして全く三の差別なきなり。されば日蓮等の類並びに弟子檀那、南無妙法蓮華経と唱ふる程の者は久遠実成の本眷属妙なり。此人の所居の土は久遠実成の本国土妙なり。釈尊霊山浄土にして本地地涌の菩薩に授職潅頂して言はく、飢時の飲食、寒時の衣服、熱時の冷風、昏時の睡眠、皆是本有無作の無縁の慈悲にして利益にあらざることなし。仍て十妙異なりと雖も一切功徳の法門なり。一念唯遠本寿量の妙果なり。南無常寂光の本地無作三身即一の釈迦牟尼如来、南無久遠一念の如来寿量品、南無十方法界唯一心の妙法蓮華経。右此二品を是の如く意得て一遍なりとも読誦すれば我等が肉身即三身即一の法身なり。此の如く意得て至心に南無妙法蓮華経と唱ふれば、久遠本地の諸法無作の法身の如来等は皆我等が一身に来集し給ふ。是故に慇懃の行者は分段の身を捨てゝも即身成仏、捨てずしても即身成仏なり。文永十一年二月十五日。霊山浄土の釈迦如来結要付属の日蓮謹んで授職潅頂するなり。妙覚より初住、乃至凡夫までなり。初住より妙覚に登るなり、是れ始覚なり。我等が成仏を云ふなり。結要付属無作の戒体即身成仏授職潅頂の次第作法。
勧請し奉る五百塵点劫霊山浄土の釈迦牟尼如来
勧請し奉る五百由旬宝浄世界の多宝如来
勧請し奉る五百塵点本地地涌の上行菩薩已上執受戒師
勧請し奉る本化迹化等の諸大菩薩
勧請し奉る身子目連等の諸の賢聖衆
勧請し奉る日月五星の諸天善神
勧請し奉る日本国中の諸大明神
已上本体の勧請
勧請し奉る十方分身諸の釈迦牟尼仏
勧請し奉る十方常住一切の三宝衆僧
勧請し奉る自界他方無辺法界の衆生利益の仏神薩?衆僧
勧請し奉る内海外海の龍神王等
勧請し奉る閻魔法皇五道の冥官、神祇冥衆等、已上総勧請
作法受得本門円頓戒の文
寿量品長行偈頌の一巻
方便品広略顕一の一巻
証明品此経難持の文
神力品如来一切所有之法の文已上経文
天台云く円頓者初縁実相の文
妙楽大師云く実相必諸法の文
又云く当知身土一念三千の文
伝教大師云く正像稍過已末法太有近法華一乗機今正是其時の文已上四文
右此の血脈は霊山浄土の釈迦如来より始めて相伝なり。二人と相伝し給はざる口伝なり ┌─後身伝教大師──日本授職潅頂
│ 後身天台大師──大唐授職潅頂
│ 薬王菩薩────天竺授職潅頂
大恩教主釈迦牟尼如来─┤ 迹門付属────授職潅頂
│ 本門付属────授職潅頂
│ 上行菩薩────天竺授職潅頂
└─日蓮大徳────日本授職潅頂 右此の血脈は霊山浄土の釈迦如来より始めて二人とも相伝せざる処なり。設ひ身命に及ぶとも広宣流布の聖人に非ざれば、之を許すべからず。仍て誓願状これあるべきなり。
文永十一年二月十五日、霊山浄土の釈迦如来、結要付属日蓮謹んで授職潅頂するなり。