得受職人功徳法門鈔

文永九(1272.04・15)

 受職とは因位之極際に始めて仏位を成ずる之義也。此の受職に於て諸経と今経と之異なり有り。余経の意は等覚の菩薩、妙覚の果位に叶ふ之時、他方の仏来りて妙覚之智水を以て等覚之頂きに潅ぐを受職之位潅頂と云ふ也。又、諸経には第十の法雲地に等覚を合摂し、又、等覚に妙覚を合説する也。所詮、受職位を等覚之菩薩に限りて等覚以前の所位に、之を置かざる事は、是れ権経方便なるが故也云云。
 次に法華実教之受職とは、今経之位は聖者よりも凡夫に受職し善人よりも悪人に受職し、上位よりも下位に受職し、乃至、持戒よりも毀戒、正見よりも邪見、利根よりも鈍根、高貴よりも下賎、男よりも女、人天よりも畜生等に受職し給ふ教也。故に未断見思の衆生の我等も皆悉く受職す。故に五即、五十一位共に受職潅頂之義あり。釈に云く ̄教弥権位弥高教弥実位弥下〔教いよいよ権なれば位いよいよ高く、教いよいよ実成れば位いよいよ下れり〕と云ふは、此の意也。
 問ふ 諸経論の意は、等覚已前之四十位に尚ほ受職之義無し。今、何ぞ住前未証之位に受職之義を明かす耶。
 答ふ 天台、六即を立て、円人の次位を判ず。尚ほ是れ円教の教門にして証道之実義に非ず。何に況んや五十二位は別教の権門に附する之廃立なるをや也。若し、法華の実位に約して探して之を言はゞ、与奪之二義有り。謂く、与の義とは、一位に皆五十一位を具し二位は権実二教之教門に附す。故に未断煩悩の凡夫も妙法を信受する之時、妙覚之職位を成ず。豈に此の人に於て受職之義無からん耶。
 経に云く_於我滅度後 応受持斯経 是人於仏道 決定無有疑〔我が滅度の後に於て 斯の経を受持すべし 是の人仏道に於て 決定して疑あることなけん〕。又云く_須臾聞之。即得究竟阿耨菩提<即得究竟阿耨多羅三藐三菩提>〔須臾も之を聞かば即ち阿耨菩提を究竟することを得ん〕[文]。
 文に仏道究竟とは是れ妙覚の果位也。但し、天台等之釈に分証之究竟と釈し給ふは一位に諸位を具する之時、一位皆分証究竟之二益有り。此の辺に約して解釈せば、分証・究竟に亙と判じ給へり云云。
 今経の受職潅頂之人に於て二人あり。一には道、二には俗也。道に於て復二あり。一には修学解了之受職、二には只信行之受職也。俗に於ても又二あり。道に例して知るべし。
 比丘の信行は俗の修学に勝る。又、比丘の信行は俗の終信に同じ。[5→p0626]俗の修学解行は信行の比丘の始信に同ず。何を以ての故に。比丘能く悪を忍へばなり。又、比丘出家之時、分、受職を得く。俗は、能く悪を忍ぶ之義有りと雖も、受職之義無し。故に修学解了之比丘は仏位に同じ。是れ即ち如来之使いなれば也。
 経に云く_当知是人。与如来共宿〔当に知るべし、是の人は如来と共に宿するなり〕。又云く_愍衆生故。生此人間〔衆生を愍むが故に、此の人間に生ずるなり〕。是の故に作法の受職潅頂の比丘をば信行の比丘と俗衆と共に礼拝を致し、供養し恭敬せん事仏を敬ふが如くすべし。若親近法師 速得菩薩道 随順是師学 得見恒沙仏〔若し法師に親近せば 速かに菩薩の道を得 是の師に随順して学せば 恒沙の仏を見たてまつることを得ん〕故也。自門尚ほ是の如し。何に況んや他門を耶。
 問ふ 修学解了の比丘の受職と信行比丘乃至俗衆受職との相貎、如何。
 答ふ 信行の比丘の受職と俗衆之受職と是れ同じ。何を以ての故に。此の信行の比丘と在家の衆とは、但、信行受持之功徳なれば也。
 経に云く_仏告薬王。又如来滅度之後。若有人。聞妙法華経。乃至。一偈一句。一念随喜者。我亦与授。阿耨菩提記<阿耨多羅三藐三菩提記>〔仏、薬王に告げたまわく、又如来の滅度の後に、若し人あって妙法華経の乃至一偈・一句を聞いて一念も随喜せん者には、我亦阿耨菩提の記を与え授く。〕。又云く_是人歓喜説法。須臾聞之。即得究竟阿耨菩提故<即得究竟阿耨多羅三藐三菩提故>〔須臾も之を聞かば即ち阿耨菩提を究竟することを得んが故なり〕。又云く_此経難持 若暫持者 我即歓喜 諸仏亦然 如是之人~住淳善地〔此の経は持ち難し 若し暫くも持つ者は 我即ち歓喜す 諸仏も亦然なり 是の如きの人は~淳善の地に住するなり〕。提婆品に云く_浄心信敬。不生疑惑者。不堕地獄。餓鬼。畜生。生十方仏前〔浄心に信敬して疑惑を生ぜざらん者は、地獄・餓鬼・畜生に堕ちずして十方の仏前に生ぜん〕。
 是の如き等の諸文、一に非ず。具さには之を記すこと能わず。無智の道俗は自らの成仏計りの功徳にして利他之功徳無し。例せば第五十の人の師の徳無きが如し。無智の道俗も亦復是の如し。少分、利他之徳有りと雖も、法師品之下品の師に劣れり。況んや上品の師を耶。法師品下品の師とは、分の解了、之れ有りて、法会の聞くを違へず、能く竊かに一人の為にも説く也。其の理、法華経と如来の本懐とに違はざる故に、所化も信受すれば利を得るが故に、無智の道俗は少分の教化有りと雖も、語に言失有り、謗に又、違ふ所有り。故に知んぬ。今の無智の道俗は、但、仰ひで信じ、仰ひで行じ、仰ひで受持せり。又、弘経之師に於て之を供養す。
 経に云く_若欲住仏道 成就自然智 常当勤供養 受持法華者 其有欲疾得 一切種智慧 当受持是経 竝供養持者〔若し仏道に住して 自然智を成就せんと欲せば 常に当に勤めて 法華を受持せん者を供養すべし 其れ疾く 一切種智慧を得んと欲することあらんは 当に是の経を受持し 竝に持者を供養すべし〕
 問ふ 今の文に持者とは無智の道俗等也、如何。
 答ふ 経の始終、上下之師に約して持者と名づくる故也。仍て、受職の比丘は無智の道俗の功徳を具するのみならず、己が修学解行と、作法受得之受職と、又、利他之功徳と此れ等の功徳を取り集めて一身に具する故に勝と云ふ也。
 難じて云く 若し爾らば、経文の以信得入と云ふ文に背けり、如何。
 答ふ二乗は利他の行無し。故に以信得入と云ふ也。
 重ねて難じて 他経の文に八万聖教を知ると雖も、後世を知らざるは無智等といふは如何。
 答ふ 今の師は自ら後世を知る之上、又、他を利す故に勝と云ふ也。例せば五十人之功徳を挙げて初会聴法之人の功徳を況するに、上の四十九人は、皆、自行化他之徳を具し、第五十人は自行に限りて化他の徳無きが如し、云云。次に、正しく修学解行の受職の比丘の功徳を言はば、是れに於て上下の二師有り。謂く、上の師は広く人の為に説き、下の師は能く竊かに一人の為に説く也。上下之不同有りと雖も、同じく五種法師也。
 経に云く_若善男子。善女人。於法華経。乃至一句。受持。読誦。解説。書写。乃至 当知此人。是大菩薩。成就阿耨菩提<成就阿耨多羅三藐三菩提>。哀愍衆生。願生此間。広演分別。妙法華経。何況尽能受持。種種供養者。薬王。当知是人。自捨清浄業報。於我滅度後。愍衆生故。生於悪世。広演此経。若是善男子。善女人。我滅度後。能窃為一人。説法華経。乃至一句。当知是人。則如来使。如来所遣。行如来事。何況於大衆中。広為人説〔若し善男子・善女人、法華経の乃至一句に於ても受持・読誦し解説・書写し、乃至 当に知るべし、此の人は是れ大菩薩の阿耨菩提<阿耨多羅三藐三菩提>を成就して、衆生を哀愍し願って此の間に生れ、広く妙法華経を演べ分別するなり。何に況んや、尽くして能く受持し種々に供養せん者をや。薬王、当に知るべし、是の人は自ら清浄の業報を捨てて、我が滅度の後に於て、衆生を愍むが故に悪世に生れて広く此の経を演ぶるなり。若し是の善男子・善女人、我が滅度の後、能く窃かに一人の為にも法華経の乃至一句を説かん。当に知るべし、是の人は則ち如来の使なり。如来の所遣として如来の事を行ずるなり。何に況んや大衆の中に於て広く人の為に説かんをや〕。
 今の品之下品の師とは、広為人説之一師に於て、上下之師を分かつ也。釈は且く之を置く。文に入りて之を見るに、上に五種法師を挙げ畢りて、愍衆生故。生於悪世。広演此経。と云ひ、若是とおさふ(押)る一句の文の内に、能窃為一人とも広為人説とも云へり。文の意は、広演此経之人、時に宜しくして、竊かに一人の為に法華経を説きて、尚ほ如来の使なり。何に況んや大衆の中に於て、広く人の為に説んやと云ふ文也。今の文には五種法師を挙ぐ。余処並びに他の経論には六種、十種の法師を明かす也。謂く大論の六種の法師、天王般若の十種の法師、乃至、如来行の一師、自行化他の二師、身口意の三師、又、身口意誓の四師あり。此れ等の師師は、今の品の五種法師之具する所の功徳也。
 然して予、下賎なりと雖も、忝なくも大乗を学し諸経の王に事ふる者なり。釈迦、既に妙法之智水を以て日蓮之頂きに潅ぎて面授口決せしめ給ふ。日蓮、又、日浄に受職せしむ。受職之後は、他の為に之を説き給へ。経文の如きんば、如来之使いなり。如来の所遣として如来の事を行ずる人也。
 経に利他之功徳を説きて云く_是人一切世間。所応贍奉。応以如来供養。而供養之。当知此人。是大菩薩。成就阿耨菩提<成就阿耨多羅三藐三菩提>〔是の人は一切世間の贍奉すべき所なり。如来の供養を以て之を供養すべし。当に知るべし、此の人は是れ大菩薩の阿耨菩提<阿耨多羅三藐三菩提>を成就して〕。又云く_当知是人。自捨清浄業報〔当に知るべし、是の人は自ら清浄の業報を捨てて〕。又云く_当知是人。以仏荘厳。而自荘厳。則為如来。肩所荷担。其所至方。応随向礼〔当に知るべし、是の人は仏の荘厳を以て自ら荘厳するなり。則ち如来の肩に荷担せらるることを為ん。其の所至の方には随って向い礼すべし〕云云。
 一部の文、広くして具さに記すること能わず。受職法師之功徳、是の如し。是の故に若し此の師を供養せん之人は、福を安明に積み、此の師を謗ぜん之人は、罪を無間に開く。
 伝教大師云く ̄讃者積福於安明。謗者開罪於無間〔讃る者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く〕、此の意也。供養恭敬讃歎此師〔此の師を供養し、恭敬し讃歎せん〕之人の功徳を仏説きて言はく_有人求仏道 而於一劫中 合掌在我前 以無数偈讃 由是讃仏故 得無量功徳 歎美持経者 其福復過彼〔人あって仏道を求めて 一劫の中に於て 合掌し我が前にあって 無数の偈を以て讃めん 是の讃仏に由るが故に 無量の功徳を得ん 持経者を歎美せんは 其の福復彼れに過ぎん〕。
 問ふ 何を以ての故に弘経之師を供養する功徳は、是の如く一劫の中に於て無数の偈を以て仏を讃める功徳より勝れたるぞや。
 答ふ 仏は衆生を引導すること自在神力の故に、此の経を説くこと難からず。凡師は自在之三昧を得ざる故に此の経を説くこと則ち難し。故に一劫讃仏之功徳に勝ると云ふ也。されば此の弘経之人は、如来共宿之人也。
 経に云く_如来滅後。欲為四衆。説是法華経者。云何応説。是善男子。善女人。入如来室。著如来衣。坐如来座。爾乃応為四衆。広説斯経〔如来の滅後に四衆の為に是の法華経を説かんと欲せば、云何してか説くべき。是の善男子・善女人は、如来の室に入り如来の衣を著如来の座に坐して、爾して乃し四衆の為に広く斯の経を説くべし〕。等云云。是の如き之人なれば如来、変化之人を遣はして供養すべし、と見えたり。経に云く_以不懈怠心。為諸菩薩。及四衆。広説是法華経〔不懈怠の心を以て、諸の菩薩及び四衆の為に、広く是の法華経を説くべし。〕。時時に説法者をして我が身を見ることを得せしむ。本師教主釈迦如来、是の如く之を守護し供養し給ふ。何に況んや我等凡夫を耶。故に、若し之を供養し礼拝する人は、最上之功徳を得る也。故に、今時之弘経の僧をば当に世尊を供養するが如くにすべし。是れ則ち今経のをきてなり。
 若し此の師を悪口罵詈し誹謗すれば種種之重罪を受くることを得る也。経に云く_若於一劫中 常懐不善心 作色而罵仏 獲無量重罪 其有読誦持 是法華経者 須臾加悪言 其罪復彼過〔若し一劫の中に於て 常に不善の心を懐いて 色を作して仏を罵らんは 無量の重罪を獲ん 其れ 是の法華経を読誦し持つことあらん者に 須臾も悪言を加えんは 其の罪復彼れに過ぎん〕。又云く_若有人軽毀之言。汝狂人耳。空作是行。終無所獲〔若し人あって之を軽毀して言わん、汝は狂人ならく耳。空しく是の行を作して終に獲る所なけんと〕。当如敬仏〔当に仏を敬うが如くすべし〕。又経に云く_見有読誦 書持経者 軽賎憎嫉 而懐結恨 此人罪報 汝今復聴 其人命終 入阿鼻獄〔経を読誦し書持すること あらん者を見て 軽賎憎嫉して 結恨を懐かん 此の人の罪報を 汝今復聴け 其の人命終して 阿鼻獄に入らん〕。五百問論に云く ̄殺大千界微塵数仏其罪尚軽[2→p0631] 毀謗此経罪多於彼。永入地獄無有出期。毀読誦此経者亦復如是〔大千界微塵数の仏を殺すは、其の罪なお軽し。此の経を毀謗するの罪、彼より多し。永く地獄に入りて出期有ること無し。此の経を読誦する者を毀{きし}するもまたまたまた是の如し〕。論師・人師等の釈、之多しと雖も之を略し畢んぬ。
 然るに我が弟子等の中、未得謂為得 未証謂証之輩有りて出仮利生之僧を軽毀せん。此の人の罪報、具さに聞くべし。今時之念仏・真言・全・律等の大慢・謗法・一闡提等より勝れたること百千万倍ならん。爰に無智の僧侶、纔かに法華経の一品二半乃至一部、或は要文一十乃至一帖二帖等の経釈を習ひ、広学多聞之僧侶に於て同位等行の思ひを成す、之僧侶、是の如き罪報を得ん。
 無智の僧侶、尚ほ是の如き之罪報を得ん。何に況んや無智の俗男俗如を耶。又、信者の道俗の軽毀、尚ほ是の如し。況んや不信謗法の輩を耶。
 問ふ 何が故ぞ、妙法之受職を受くる人、是の如く功徳を得る耶。
 答ふ 此の妙法蓮華経は本地甚深之奥蔵、一大事因縁之大白法なり。化導、三説に勝れ、功、一期に高く、一切衆生をして現当の悉地成就せしむる之法なるが故に、此の経受職之人は是の如く功徳を得る也。
 釈に云く ̄法妙故人貴〔法、妙なるが故に人貴し〕等云云。或は云く ̄好堅処地芽既百闡 頻迦在卵勝声衆鳥〔好堅、地に処して、芽既に百闡、頻迦、卵に在りて声衆鳥に勝る〕等云云。或は云く 妙楽云く ̄然約此経功高理絶得作此説。余経不然〔然も此の経の功高く理絶するに約して、此の説を作すを得る。余経は然らず〕等云云。
 縦ひ爾前方便の極位の菩薩なりとも、今経の初心始行の凡夫の功徳には及び給はず。何に況んや我等末法五濁乱漫に生を受け三類の強敵を忍んで南無妙法蓮華経と唱ふ。豈に如来の使に非ず耶。豈に霊山に於て親り仏勅を受くる之行者に非ず耶。是れ豈に初随喜等の類に非ず耶。第五十の人すら尚ほ方便の極位の菩薩の功徳に勝れり。何に況んや五十已前の諸人を耶。是の如く莫大の功徳を今時に得受せんと欲せば、、正直捨方便〔正直に方便を捨て〕、念仏・真言・禅・律等の諸宗諸経を捨て、但南無妙法蓮華経と唱へ給へ。至心に唱へたてまつるべし、唱へたてまつるべし。
日域沙門 日 蓮花押
文永九年[壬申]四月十五日の夜半に之を記し畢んぬ。