富木殿御返事

執筆年:文永九
真筆あり
日蓮臨終一分も疑ひ無し。刎頭之時は殊に喜悦有るべく候。大賊に値ふて大毒を宝珠に易ふと思ふべきか。  鵞目員数の如く給候ひ了んぬ。御志申し遂げ難く候。  法門之事 先度四條三郎左衛門尉殿に書持せしむ。其の書能々御覧有るべし。粗経文を勘へ見るに、日蓮法華経の行者為る事疑ひ無き歟。但今に天の加護を蒙らざるは、一には諸天善神此の悪国を去る故か。二には善神法味を味はざる故に威光勢力無きか。三には大悪鬼三類之心中に入り、梵天帝釈も力及ばざるか等。一々証文道理、追ひて進らせしむべく候。但生涯本より思ひ切りて候。今に翻返無く、其の上又違恨無し。諸の悪人は又善知識也。摂受折伏の二義、仏説に任る。敢えて私曲に非ず。万事霊山浄土を期す。恐恐謹言。 卯月十日 日 蓮 花押 土木殿 御返事 日 蓮