富木殿御返事
執筆年:弘安三年
真筆あり
或建治二年 鵞目一結、天台大師の御宝前を荘厳し候ひ了んぬ。
経に云く_有能受持。是経典者。亦復如是。於一切衆生中。亦為第一〔能く是の経典を受持することあらん者も亦復是の如し。一切衆生の中に於て亦為れ第一なり〕。又云く_其福復過彼〔其の福復彼れに過ぎん〕。妙楽云く ̄若悩乱者頭破七分有供養者福過十号〔若し悩乱する者は頭七分に破れ、供養すること有らん者は福十号に過ぎん〕。伝教大師も ̄讃者積福於安明。謗者罪開於無間〔讃る者は福を安明に積み、謗る者は罪を無間に開く〕等云云。記の十に云く ̄居方便極位菩薩猶尚不及第五十人〔方便の極位に居る菩薩猶尚〈なお〉第五十の人に及ばず〕等云云。華厳経の法慧功徳林・大日経の金剛薩・等尚お法華経の博地に及ばず。何に況んや其の宗の元祖等、法蔵・善無畏等に於てをや。是れは且く之を置く。
尼ごぜんの御所労の御事、我が身一身の上とをもひ候へば昼夜に天に申し候也。此の尼ごぜんは法華経の行者をやしなう事、燈に油をそへ、木の根に土をかさぬるがごとし。願はくは日月天其の命にかわり給へと申し候也。又をもいわするゝ事もやといよ(伊預)房に申しつけて候ぞ。たのもしとをぼしめで。恐々謹言。
十一月二十九日 日 蓮 花押
富木殿 御返事