宝軽法重御書
執筆年:建治二年
真筆あり
笋百本・芋一駄送り給了んぬ。
妙法蓮華経第七に云く_若復有人。以七宝満。三千大千世界。供養於仏。及大菩薩。辟支仏。阿羅漢。是人所得功徳。不如受持。此法華経。乃至一四句偈。其福最多〔若し復人あって、七宝を以て三千大千世界に満てて、仏及び大菩薩・辟支仏・阿羅漢に供養せん。是の人の所得の功徳も、此の法華経の乃至一四句偈を受持する、其の福の最も多きには如かじ〕云云。
文句の第十 ̄七宝奉四聖不如一偈持 法是聖師。能生能養能成能栄莫過於法。故人軽法重也〔七宝を四聖に奉るは一偈を持つに如かず。法は是れ聖の師なり。能生・能養・能成・能栄、法に過ぎたるは莫し。故に人は軽く法は重きなり〕云云。
記の十に云く 如父母必以四護護子。今発心由法為生 始終随逐為養 令満極果為成 能応法界為栄 雖四不同以法為本〔父母必ず四の護を以て子を護るが如し。今発心は法に由るを生となし、始終随逐するを養となし、極果を満たせるを成となし、能く法界に応ずるを栄となす。四つ同じからざると雖も、法を以て本となす〕云云。
経竝びに天台・妙楽の心は、一切衆生を供養せんと、阿羅漢を供養せんと、乃至一切の仏を尽くして七宝の財を三千大千世界にもりみててゝ供養せんよりは、法華経を一偈、或は受持し、或は護持せんすぐれたりと云云。経に云く 不如受持。此法華経。乃至一四句偈。其福最多。天台云く 人軽法重也。妙楽云く 雖四不同以法為本云云。
九歳の一切衆も仏に相対して此れをはかるに、一切衆生のふく(福)は一毛のかろく、仏の御ふくは大山のをもきがごとし。一切の仏の御ふくは梵天三銖の衣のかろきがごとし。法華経一字の御ふくの重き事は大地のをもきがごとし。人軽と申すは仏を人と申す。法重と申すは法華経なり。
夫れ法華経已前の諸経竝びに諸論は仏の功徳をほめて候、仏のごとし。此の法華経は経の功徳をほめたり。仏の父母の如し。華厳経・大日経等の法華経に劣る事は一毛と大山と三銖と大地とのごとし。乃至法華経の最下の行者と華厳・真言の最上の僧とくらぶれば、帝釈と猿猴と師子と兎との勝劣なり。而るをたみが王をのゝしればかならず命となる。諸経の行者が法華経の行者に勝れたりと申せば、必ず国もほろび、地獄へ入り候なり。
但かたきのなき時はいつわりをろかにて候。譬へば将門・貞任も貞盛・頼義がなかりし時は国をしり、妻子安穏なり云云。敵なき時はつゆも空へのぼり、雨も地に下り、逆風の時は雨も空へあがり、日出の時はつゆも地にをちぬ。されば華厳等の六宗は伝教なかりし時はつゆのごとし。真言も又かくのごとし。強敵出現して法華経をもつてつよくせむるならば、叡山の座主・東寺の小室等も日輪露のあへるがごとしとをぼしめすべし。
法華経は仏滅後二千二百余年に、いまだ経のごとく説ききわめてひろむる人なし。天台・伝教もしろしめさざるにはあらず、時も来らず、機もなかりしかば、かききわめずしてをわらせ給へり。日蓮が弟子とならむ人々はやすくしりぬべし。一閻浮提の内に法華経の寿量品の釈迦仏の形像をかきつくれる堂搭いまだ候はず。いかでかあらわれさせ給はざるべき。
しげければとどめ候。たけのこは百二十本、法華経は二千余年にあらわれ候ひぬ。布施はかろけれども志は重き故なり。当時はくわんのう(勧農)と申し、大宮づくりと申し、かたがた民のいとまなし。御心ざしふかければ法もあらわれ候にや。恐々謹言。
五月十一日 日 蓮 花押
西山殿御返事