妙法尼御前御返事(六難九易)

執筆年:弘安元
妙法尼御前御返事(第二書)(六難九易)      弘安元年七月。五十七歳作。      外一六ノ二六。遺二五ノ一。縮一七四一。類七三一。 先法華経につけて御不審をたてて、其趣を御尋ね候事ありがたき大善根にて候。須弥山を佗方世界へつぶてになぐる(擲)人よりも、三千大千世界をまりの如くにけあぐる(蹴上)人よりも、無量の余の経典を受持ちて人に説きかせ、聴聞の道、俗に六神通をえせしめんよりも、末法のけふこのごろ(今日此頃)法華経の一句、一偈のいはれをも尋ね問ふ人はありがたし。此趣を釈し説て人の御不審をはらさすべき僧も、ありがたかるべしと法華経の四の巻宝塔品と申す処に六難九易と申して大事の法門候。今此御不審は六の難き事の内也。爰に知ぬ、若御持ちあらば即身成仏の人なるべし。此法華経には我等が身をば法身如来、我等が心をば報身如来、我等がふるまひ(振舞)をば応身如来と説れて候へば、此経の一句、一偈を持ち、信ずる人は皆此功徳をそなへ(備)候。南無妙法蓮華経と申すは是一句、一偈にて候。然れども同一句の中にも肝心にて候。南無妙法蓮華経と唱ふる計りにて仏になるべしやと、此御不審所詮に候。一部の肝要、八軸の骨髄にて候。人の身の五尺、六尺のたましひ(神)も、一尺の面にあらはれ、一尺のかほのたましひも、一寸の眼の内におさまり候。又日本と申す二の文字に、六十六箇国の人、畜、田畠、上下、貴賎、七珍、万宝、一もかくる事候はず収めて候。其ごとく南無妙法蓮華経の題目の内には、一部八巻、二十八品六万九千三百八十四の文字、一字ももれ(漏)ず、かけ(闕)ずおさめて候。されば経には題目たり、仏には眼たりと楽天ものべられて候。記の八に「略して経題を挙ぐるに玄に一部を収む」と妙楽も釈しおはしまし候。心は略して経の名計りを挙るに一部を収むと申す文也。一切の事につけて所詮肝要と申す事あり。法華経一部の肝心は南無妙法蓮華経の題目にて候。朝夕御唱へ候はば、正く法華経一部を真読にあそばすにて候。二返唱ふるは二部、乃至百返は百部、千返は千部、加様に不退に御唱へ候はば、不退に法華経を読人にて候べく候。天台の六十巻と申す文には、此やうを釈せられて候。かゝる持ちやすく、行じやすき法にて候を、末代悪世の一切衆生のために説をかせ給ひて候。経文に云く「於末法中」。「於後末世法欲滅時受持読誦」。「悪世末法時能持是経者」。「後五百歳中広宣流布」と。此等の文の心は当時末法の代には、法華経を持ち信ずべきよしを説れて候。かゝる明文を学しあやまりて、日本、漢土、天竺の謗法の学匠達、皆念仏者、真言、禅、律の小乗、権教には随ひ行じて法華経を捨はて候ぬ。仏法にまどへるをばしろしめされず、形まことしげなれば云ふ事も疑ひあらじと計り御信用候間、をもはざるに法華経の敵、釈迦仏の怨とならせ給ひて、今生には祈る所願も虚しく命もみじかく、後生には無間大城をすみか(栖)とすべしと、正く経文に見えて候。さて此経の題目は習ひ読む事なくして大なる善根にて候。悪人も女人も、畜生も地獄の衆生も、十界ともに即身成仏と説れて候は、水の底なる石に火のあるが如く、百千万年くらき(闇)所にも灯を入れぬればあかく(明)なる。世間のあだなるものすら尚加様に不思議あり、何に況や仏法の妙なる御法の御力をや。我等衆生の悪業、煩悩、生死、果縛の身が、正、了、縁の三仏性の因によりて、即ち法、報、応の三身と顕れん事疑ひなかるべし。妙法経力即身成仏と伝教大師も釈せられて候。心は法華経の力にては、くちなは(蛇)の竜女も即身成仏したりと申す事也。御疑候べからず。委くは見参に入候て申すべく候と申させ給へ。   弘安元年戊寅七月三日                 日蓮花押    妙法尼御前御返事 (考六ノ一五。)