妙心尼御前御返事

執筆年:弘安三
妙心尼御前御返事(第三書)(妙字御消息)      弘安三年五月。五十九歳作。      外五ノ二六。遺二八ノ二一。縮一九四六。類一〇八六。 すず(種種)のもの給て候。たうじ(当時)はのう(農)時にて人のいとまなき時、かやう(斯様)にくさぐさのものどもをくり給て候事、いかにとも申すばかりなく候。これもひとへに故入道殿の御わかれ(別)のしのびかたきに後世の御ためにてこそ候らんめ。ねんごろにごせ(後世)をとぶらはせ給ひ候へばいくそばくうれしくおはしますらん。とふ人もなき草むらに露しげきやうにて、さばせかい(娑婆世界)にとどめをきし、をさなき(幼)ものなんどのゆくへ(行末)きかまほし。あの蘇武が胡国に十九年ふるさとの妻と子とのこひしさに雁の足につけしふみ、安部中麻呂が漢土にて日本へかへされざりし時、東よりいでし月をみてあのかすがの(春日野)の月よとながめしも、身にあたりてこそおはすらめ。しかるに法華経の題目をつねはとなへさせ給へば、此の妙の文じ(字)御つかひ(使)に変ぜさせ給ひ、或は文殊師利菩薩、或は普賢菩薩、或は上行菩薩、或は不軽菩薩等とならせ給ふ。ちんし(陳子)がかがみ(鏡)のとり(鳥)のつねにつげ(告)しがごとく、蘇武がめ(妻)のきぬた(碪)のこえのきこへしがごとく、さばせかいの事を冥途につげさせ給ふらん。又妙の文字は花のこのみとなるがごとく半月の満月となるがごとく、変じて仏とならせ給ふ文字也。されば経に云く「能持此経則持仏身」。天台大師云く「一一文文是真仏」等云云。妙の文字は、三十二相八十種好円備せさせ給ふ釈迦如来にておはしますを、我等が眼つたなくして文字とはみまいらせ候也。譬へばはちす(蓮)の子の池の中に生て候がやうに候はちすの候を、としより(年老)て候人は眼くらくしてみず。よる(夜)はかげ(影)の候をやみにみざるがごとし。されども此妙の字は仏にておはし候也。又此妙の文字は月也、日也、星也、かがみ也、衣也、食也、花也、大地也、大海也。一切の功徳を合せて妙の文字とならせ給ふ。又は如意宝珠のたま也。かくのごとくしらせ給ふべし。くはしくは又又申すべし。   五月四日                         日蓮花押  はわき(伯耆)殿申させ給へ。 (考三ノ一〇。)