妙一女御返事
執筆年:弘安三
妙一女御返事(第二書)(法華即身成仏鈔)
弘安三年十月。五十九歳作。
外一八ノ二六。遺二九ノ三。縮一九八一。類一一四四。 去る七月中旬之比、真言、法華即身成仏の法門大体註し進せ候し。其後は一定法華経の即身成仏を御用ひ候らん。さなく候ては当世の人人の得意候無得道の即身成仏なるべし。不審也。先日書いて進らせ候し法門能心を留めて御覧あるべし。其上即身成仏と申す法門は、世流布の学者は皆一大事とたしなみ申す事にて候ぞ。就中予が門弟は万事をさしをきて此一事に可留心也。建長五年より今弘安三年に至るまで二十七年の間、在在処処にして申し宣たる法門繁多なりといへども、所詮は只此の一途也。世間の学者の中に真言家に立たる即身成仏は、釈尊所説の四味三教に接入したる大日経等の三部経に、別教の菩薩の授職潅頂を至極の即身成仏等と思ふ。是は七位の中の十回向の菩薩の歓喜地を証得せる為体也。全く円教の即身成仏の法門にあらず。仮令経文にあるよしを罵るとも、歓喜行証得の上に得たるところの功徳を沙汰する分斎にてあるなり。是十地の菩薩の因分の所行にして十地等覚は不知果分。円教の心を以て奪ていへば六即の中の名字、観行の一念に同じ。与て云ふ時は観行即の事理和融にして理慧相応の観行に及ばず。或は菩提心論の文により、或は大日経の三部の文によれども即身成仏にこそあらざらめ。生身得忍にだにも云ひよせざる法門也。されば世間の人人菩提心論の唯真言法中の文に落されて、即身成仏は真言宗に限ると思へり。依之正しく即身成仏を説給ひたる法華経をば戯論等云云。止観五に云く「設世を厭ふ者も下劣の乗を玩んで枝葉に攀附す。狗作務に狎れ、猿猴を敬ひて帝釈と為し、瓦礫を崇めて是明珠とす。此の黒闇の人豈に道を論ず可けんや」等云云。此意なるべし。歎かはしき哉、華厳、真言、法相の学者徒にいとまをついやし即身成仏の法門をたつる事よ。夫先法華経の即身成仏の法門は龍女を証拠とすべし。提婆品に云く「於須臾頃便成正覚」等云云。乃至「変成男子」。又云く「即往南方無垢世界」云云。伝教大師云く「能化の龍女も歴劫の行無く所化の衆生も亦歴劫無し。能化所化倶に歴劫無し。妙法経力即身成仏す」等云云。又法華経の即身成仏に二種あり、迹門は理具の即身成仏、本門は事の即身成仏也。今本門の即身成仏は当位即妙本有不改と断ずるなれば、肉身を其まゝ本有無作の三身如来と云へる是也。此法門は一代諸経の中に無之。文句に云く「諸経の中に於て之を秘して伝へず」等云云。又法華経の弘まらせ給ふべき時に二度有り、所謂在世と末法と也。修行に又二意有り。仏世は純円一実、滅後末法の今の時は、一向本門の弘まらせ給ふべき時也。迹門の弘まらせ給ふべき時は已に過て二百余年になり。天台、伝教こそ其能弘の人にてましまし候しかどもそれもはや入滅し給ひぬ。日蓮は今時を得たり、豈此所属の本門を弘めざらんや。本迹二門は機も法も時も遥に各別也。問て云く、日蓮計知此事乎。答て云く、天親、龍樹内鑑冷然等云云。天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾はん」伝教大師云く「正、像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り、法華一乗の機今正しく是其時なり、何を以てか知ることを得る」。安楽行品に云く「末世法滅時」云云。此等論師、人師、末法闘諍堅固の時、地涌出現し給ひて本門の肝心南無妙法蓮華経の弘まらせ給ふべき時を知て、恋させ給ひて如是釈を設けさせ給ひぬ。尚尚即身成仏者、迹門は能入の門、本門は即身成仏の所詮の実義なり。迹門にして得道せる人人、種類種、相対種の成仏、何れも其実義は本門寿量品に限れば常にかく観念し給へ、正観なるべし。然るにさばかりの上代の人人だにも即身成仏には取り煩はせ給ひしに、女人の身として度度如此法門を尋ねさせ給ふ事は偏に只事にあらず。教主釈尊御身に入り替らせ給ふにや。龍女が跡を継ぎ給ふ歟。又?曇弥女、二度来れる歟。不知、御身は忽に五障の雲晴て寂光の覚月を詠め給ふべし。委細は又又可申候。
弘安三年十月五日 日蓮花押
妙一女御返事
(考六ノ五三。)