大白牛車書
執筆年:建治三
大白牛車書(上野第十七書)
建治三年十二月。五十六歳。
外五ノ四。遺二三ノ六四。縮一六五八。類九八八。 夫法華経第二の巻に云「乗此宝乗直至道場」云云。日蓮は建長五年四月二十八日初て此大白牛車の一乗法華の相伝を申顕はせり。而に諸宗の人師等雲霞の如くよせ来候。中にも真言、浄土、禅宗等蜂の如く起りせめたゝかふ。日蓮大白牛車の牛の角最第一也と申てたゝかふ。両の角は本迹二門の如く二乗作仏、久遠実成是也。すでに弘法大師は法華最第一の角を最第三となをし、一念三千、久遠実成、即身成仏は法華に限れり、是をも真言経にありとなをせり。かゝる謗法の族を責んとするに返て弥怨をなし候。譬ば角をなをさんとて牛をころしたるが如くなりぬべく候ひしかども、いかでさは候べき。抑此車と申は本迹二門の輪を妙法蓮華経の牛にかけ、三界の火宅を生死生死と、ぐるりぐるりとまはり(廻)候ところの車也。ただ信心のくさび(轄)に志のあぶら(膏)をささせ給て、霊山浄土へまいり給べし、又心王は牛の如し、生死は両の輪の如し。伝教大師云「生死の二法は一心の妙用、有無の二道は本覚の真徳なり」と云云。天台云「十如は只是、乃至今の境は是体」云云。此の文釈能能案じ給べし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。
十二月十七日 日蓮花押
(微上ノ一五。考三ノ一四。)