南部六郎殿御書
執筆年:文永八
眠れる師子に手を付けざれば瞋らず。流れにさをを立てざれば並立たず。謗法を呵嘖せざれば留難なし。_若善比丘見壊法者置不呵責〔若し善比丘ありて、法を壊る者を見て置いて呵責し〕の置の字ををそれずんば今は吉。後を御らんぜよ。無間地獄は疑ひ無し。故に南岳大師の四安楽行に云く ̄若有菩薩将護悪人不能治罰 令其長悪悩乱善人敗壊正法 此人実非菩薩。外現詐侮常作是言 我行忍辱。其人命終与諸悪人倶堕地獄〔若し菩薩有って悪人を将護して治罰すること能わず。其れをして悪を長ぜしめ、善人を悩乱し、正法を敗壊せば、此の人は実に菩薩に非ず。外には詐侮を現し常に是の言を作さん、我は忍辱を行ず、と。其の人命終して諸の悪人と倶に地獄に堕ちなん〕云云。十輪経に云く_若誹謗者。不応共住。亦不親近<亦不応親近>。若親近共住者。即趣阿鼻地獄〔若し誹謗の者ならば、共に住すべからず。亦、親近すべからず。若し親近し共住せば、即ち阿鼻地獄に趣かん〕云云。
栴檀の林に入りぬれば、たをらざるに其の身に薫ず。誹謗の者に親近すれば所修の善根悉く滅して倶に地獄に堕落せん。故に弘決の四に云く ̄若人本無悪親近悪人後必成悪人悪名遍天下〔若し人、もと悪無けれども悪人に親近すれば後に必ず悪人と成りて悪名天下に遍し〕云云。
凡そ謗法に内外あり。国と家との二是れ也。外には日本六十六ヶ国の謗法是れ也。打ちとは王城九重の謗是れ也。此の内外を禁制せずんば宗廟社禝の神に捨てられて、必ず国家亡ぶべし。如何と云ふに、宗廟とは国王の神を崇む。社とは地の神也。禝とは五穀の總名、五穀の神也。此の両神法味に飢へて国を捨て給ふ故に国土既に日日衰減せり。
故に弘決に云く ̄地広不可尽敬。封為社。禝謂五穀總名即五穀神也。故天子所居左宗廟右社禝布列四時五行。故以国亡為失社禝矣〔地、広くして尽く敬すべからず。封じて社と為す。禝とは謂く 五穀の總名にして即ち五穀の神也。故に天子の居する所には、宗廟を左にし、社禝を右にし、四時五行を布き列ぬ。故に国の亡ぶるを以て社禝を失ふと為す〕。
故に山家大師は国に謗法の声有るによて万民数を減らし家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せんと。故に分分の内外有るべし。
五月十六日 日 蓮 花押
南部六郎殿