南条殿御返事(初春書)
執筆年:建治二
南条殿御返事(上野第九書)(初春書)
建治二年正月。五十五歳作。与南条七郎次郎書。
内三五ノ三六。遺二〇ノ四〇。縮一三七四。類九七二。 はる(春)のはじめの御つかひ、自佗申こめ(篭)まいらせ候。さては給はるところのすず(種種)の物の事、もちい(餅)七十まい(枚)、さけひとつゝ(酒一筒)、いもいちだ(芋一駄)、河のりひとかみぶくろ(一紙袋)、だいこんふたつ(二把)、やまのいも七ほん等也。ねんごろ(懇)の御心ざしはしなじな(品品)のものにあらはれ候ぬ。法華経の第八の巻に云「所願不虚亦於現世得其福報」。又云「当於今世得現果報」等云云。天台大師云「天子の一言虚しからず」。又云「法王虚しからじ」等云云。賢王となりぬればたとひ身をほろぼすともそら(虚)事せず。いわうや釈迦如来は普明王とおわせし時は、はんぞく(班足)王のたて(館)へ入せ給き。不妄語戒を持せ給しゆへ也。かり(伽梨)王とおはせし時は「実語少人大妄語入地獄」とこそおほせありしか。いわうや法華経と申は仏我と「要当説真実」となのらせ給し上、多宝仏、十方の諸仏あつまらせ給て、日月衆星のならばせ給がごとくに候しざせき(座席)也。法華経にそら(虚)事あるならばなに事をか人信ずべき。かゝる御経に一華一香をも供養する人は過去に十万億の仏を供養する人也。又釈迦如来の末法に世のみだれ(乱)たらん時、王臣万民心を一にして一人の法華経の行者をあだまん時、此行者かんぱち(旱魃)の小水に魚のすみ、万人にかこまれ(囲)たる鹿のごとくならん時、一人ありてとぶら(訪)はん人は生身の教主釈尊を一劫が間、三業相応して供養しまいらせたらんより、なを功徳すぐるべきよし如来の金言分明也。日は赫赫たり、月は明明たり、法華経の文字はかくかくめいめい(赫々明々)たり。めいめいかくかくたるあきらか(明)なる鏡にかを(顔)をうかべ、すめる(澄)水に月のうかべるがごとし。しかるに「亦於現世得其福報」の勅宣、「当於今世得現果報」の鳳詔、南条の七郎次郎殿にかぎりてむなしかるべしや。日は西よりいづる世、月は地よりなる時なりとも、仏言むなしからじとこそ定させ給しか。これをも(以)ておもふに慈父過去の聖霊教主釈尊の御前にわたらせ給ひ、だんな(檀那)は又現世に大果報をまねかん事、疑あるべからず。かうじん(幸甚)かうじん。
正月十九日 日蓮花押
南条殿御返事
(啓三五ノ三七。鈔二五ノ一三。語五ノ一三。拾七ノ五五。扶一四ノ五二。)