九郎太郎殿御返事

執筆年:弘安元年
真筆あり
これにつけても、こうえのどの(故上野殿)の事こそ、をもひいでられ候へ。  いも一駄・くり・やきごめ・はじかも給候ひぬ。さてはふかき山にはいもつくる人もなし。くりもならず、はじかみもをひず。まして、やきごめみへ候はず。たといくりなりたりとも、さる(猿)のこすべからず。いえのいもはつくる人なし。たといつくりたりとも人にくみてたび候はず。いかにしてかかゝるたかき山へはきたり候べき。  それ山をみ候へば、たかきよりしだい(次第)にしもえくだり。うみをみ候へば、あそきよりしだひにくかし。代をみ候へば、三十年・二十年・十年・五年・四・三・二・一、次第にをとろへたり。人の心もかくのごとし。これはよのすへになり候へば、山にはまがれるきのみとゞまり、の(野)にはひきゝくさのみをひたり。よにはかしこき人はすくなく、はかなきものはをほし。牛馬のちゝをしらず、兎羊の母をわきまえざるがごとし。  仏御入滅ありては二千二百二十余年なり。代すへになりて智人次第にかくれて、山のくだれるごとく、くさのひきゝににたり。念仏を申しかい(戒)をたもちなんどするひとはをゝけれども、法華経をたのむ人すくなし。星は多けれども大海をてらさず。草は多けれども大内の柱とはならず。念仏は多けれども仏と成る道にはあらず。戒は持てども浄土へまひる種とは成らず。但南無妙法蓮華経の七字のみこそ仏になる種には候へ。  此れを申せば人はそねみて用ひざりしを故上野殿信じ給ひしによりて仏に成らせ給ひぬ。各々は其の末にて此の御志をとげ給ふ歟。龍馬につきぬるだには千里をとぶ。松にかゝれるつたは千尋をよづと申すは是れ歟。各々種の御心也。  つちのもちゐを仏に供養せし人は王となりき。法華経は仏にまさらせ給ふ法なれば、供養せさせ給ひて、いかでか今生にも利生にあづかり、後生にも仏にならせ給はざるべき。その上、みひん(身貧)にしてげにん(下人)なし。山河わづらひあり。たとひ心ざしありともあらはしがたきに、いまいろをあらわさせ給ふに、しりぬ、をぼろげならぬ事なり。さだめて法華経の十羅刹まほらせ給ひぬらんとたのもしくこそ候へ。事つくしがたし。恐々謹言。 弘安元年十一月一日 日 蓮 花押 九郎太郎殿 御返事