上野殿御返事
執筆年:弘安二
真筆あり
上野殿御返事(上野第廿六書)(報南条氏書)
弘安二年八月。五十八歳作。
内三五ノ三八。遺二六ノ四八。縮一八六〇。類九九八。 鵞目一貫、しほ(塩)一たわら(俵)、蹲鴟一俵、はじかみ(生薑)少少、使者をも(以)て送給畢ぬ。あつきには水を財とす、さむきには火を財とす、けかち(飢渇)には米を財とす、いくさ(軍)には兵杖を財とす、海には船を財とす、山には馬をたからとす。武蔵、下総に石を財とす。此の山中にはいえのいも(芋)海のしほ(塩)を財とし候ぞ。竹子(筍)木子(茸)等候へども、しほ(塩)なければそのあぢわひ(味)つち(土)のごとし。又金と申もの国王も財とし民も財とす。たとへば米のごとし、一切衆生のいのち(命)なり、ぜに(銭)又かくのごとし。漢土に銅山と申す山あり。彼の山よりいでて候ぜに(銭)なれば、一文もみな三千里の海をわたりて来るものなり。万人皆たま(玉)とおもへり。此を法華経にまいらせさせ給ふ。釈まなん(摩男)と申せし人のたな心には石変じて珠となる。金ぞく(粟)王は沙を金となせり。法華経は草木を仏となし給ふ。いわうや心あらん人をや。法華経は焼種の二乗を仏となし給ふ。いわうや生種の人をや。法華経は一闡提を仏となし給ふ。いわうや信ずるものをや。事事つくしがたく候。又又申すべし。恐恐謹言。
八月八日 日蓮花押
上野殿御返事
(啓三五ノ三四。鈔二五ノ一三。音下ノ四二。語五ノ一三。拾七ノ五六。扶一四ノ五二)