上野殿御書
執筆年:弘安五
真筆あり
上野殿御書(上野第六書)(報南条氏書)
建治元年八月。五十四歳作。
外二三ノ二四。遺一九ノ四〇。縮一二九六。類九六五。 態と御使ありがたく候。それについてはやかたづくり(屋形造)の由承り目出度こそ候へ。いつか参候てわたまし申候はばや。一棟札の事承り候。書候て此伯耆公に進せ候。此経須達長者祇園精舎を造候き。然にいかなる因縁にやよりけん須達が家七度まで火災にあひ候時、長者此由仏に問奉るなり。仏答ての給はく、汝が眷属貪欲ふかき故に此火災をこる也。長者申さく、さていかんして此火災をふせぎ申べきや。仏の給はく辰巳の方より瑞相あるべし。汝精進して彼の方に向へ。彼方より光ささば鬼神三人来らん。此鬼神の来ていはく、南海に鳥あり、罵忿となづく、此鳥のすむ処に火災なし。又此鳥一の文を唱べし、其文に云「聖主天中天迦陵頻伽声、哀愍衆生者我等今敬礼」云云。此文を唱へんには必ず三十万里が内には火難をこらじと。此三人の鬼神かくのごとく告べき也云云。須達仏の仰のごとくせしかば、少もちがはず候き。其後火災なき也と見へたり。これによつて滅後末代にいたるまで此経文を書て火災をやめ候。今以てかくのごとくなるべく候。返す返すも能能信じ給べき経文也。是は法華経の第三の巻化城喩品に説かれて候。委くは此御房に申しふくめて候。恐恐謹言。
八月十八日 日蓮花押
上野殿御返事
(微下ノ三八。考八ノ二六。)