一昨日御書
執筆年:文永八
一昨日、見参に罷り入り候之条、悦び入り候。抑そも人之世に在る誰か後世を思はざらん。仏之出世は専ら衆生を救はんが為也。
爰に日蓮、比丘と成りてより、旁、法門を開き、已に諸仏之本意を覚り、早く出離之大要を得たり。其の要は、妙法蓮華経、是れ也。一乗之崇重、三国之繁盛、儀、眼前に流る。誰か疑網を貽さん哉。
而るに専ら正路に背き、偏に邪途を行ず。然る間、聖人国を捨て、神瞋りを成し、七難並び起りて四海閑かならず。方〈くに〉今の世は悉く関東に帰し、人皆土風を貴ぶ。就中、日蓮、生を此の土に得る。豈に、吾が国を思はざらん哉。仍て立正安国論を造りて故最明寺入道殿之御時、宿屋の入道を以て見参に入れ畢んぬ。
而るに近年之間、多日之程、犬戎、浪を乱し、夷敵、国を伺ふ。先年勘へ申す所、近日普合せしむる者也。彼の太公之、殷国に入りしは、西伯之礼に依る。張良之秦朝を量りしは漢王之誠を感ずればなり。是れ皆時に当たりて賞を得、謀りを帷帳之中に回らし、千里之外に決せし者也。
夫れ、未萠を知る者は六正の聖臣也。法華を弘むる者は諸仏之使者也。
而るに日蓮忝なくも鷲嶺鶴林之文を開きて鵝王烏瑟志を覚る。剰へ将来を勘へたるに、粗、普合することを得たり。先哲に及ばざると雖も、定んで後人には希なるべき者也。法を知り国を思ふ志、尤も賞せらるべき之処、邪法邪教之輩、讒奏讒言する之間、久しく大忠を懐いて、いまだ微望を達せず。剰へ不快之見参に罷り入ること、偏に難治之次第を愁ふる者也。
伏して惟みれば、泰山に昇らずんば天の高きを知らず、深谷に入らずんば地の厚きを知らざる。仍て御存知の為、立正安国論一巻、之を進覧す。勘へ載する所之文、九牛之一毛也。未だ微志を尽くさざる耳。
抑そも貴辺は当時天下之棟梁也。国中之良材を損せん哉。早く賢慮を回らして須く異敵を退くべし。世を安んじ、国を安んずるを忠と為し、孝と為す矣。是れ偏に身の為に之を述べず。君の為、仏の為、神の為、一切衆生の為に言上せしむる所也。恐恐謹言。
文永八年九月十二日 日 蓮花押
謹上 平左衛門尉殿